・・・・・・っということで、ぼくは親父に殴られた記憶がない。
尻を思いっきり執拗に叩かれたことは一度だけあるが、決して頭部に制裁が及ぶことはなかった。
親父に、祖父から殴られたことはあったかと聞いたら、やはり一度も殴られなかったそうだ。
そのかわり、祖母はだいぶ殴られたらしい。
親父にとって、祖父とは好々爺からは程遠い人物であった。
親父が祖父を一言で評価すると、「口が上手い」だ。
とくに、女性に対して口が上手かったそうだ。
では、浮気をしょっちゅうしていたのかと聞くと、それは一度もなかったそうだ。
あくまでも、女性と上手く遊んでいただけで、決して深い関係にはならなかったようだ。
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話は逸れるが、そんな親父なのに、九州に単身赴任していた際に、地元の飲み屋の女と浮気をしたことがある。
これは、息子のぼくが言うのもなんだが、母親と離婚してまでその女と一緒になろうとしていたフシがある。
一度だけ、その女の経営している飲み屋に行ったことがあるが、とんでもないブスで下品な年増だった。
なんで親父がそんな女と浮気をしたのか今でも理解に苦しむほどである。
真面目だったからこそ、そんな女に引っかかってしまったのだろうか?
まあ、この話は後で触れるかもしれないので、脱線はこのくらいに留めておく。
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祖母が頭が良かったのは間違いないことだ。
祖父も飲んだくれではあったが、馬鹿じゃなかったはずだ。
それなのに、最後まで警部補止まりだった。
昇任試験では合格したのにも関わらず、それ以上に上がることを頑として断って、交番勤務で職歴を終えた。
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負けず嫌いの祖母はその情熱を、長男である親父一人に注いだ。
いわゆる今で言う教育ママである。
祖母は徹底的に親父をスパルタ教育で鍛えた。
学校では常に一番であることを強要した。
前にも書いたことがあるが、小学校の上級生のとき、親父が高熱を出して寝込んでしまい、
1学期を棒に振ったことがあるらしい。
祖母は、親父が2番以下になるこをと嫌い息子を留年させた。
小学校で留年だ。
中学校に上がった時点で、親父は成績優秀で飛び級をしたので、その遅れは充分取り戻したのであるが。
親父はぼくと違って、勉強家であり、努力家であり、運動神経抜群であった。
そして、祖母の期待通り、当時の難関であった陸軍士官学校に、若くして進学したのである。
・・・・・・つづく。