・・・・・・・っということで、選抜高校野球をやっている。
ぼく個人としては、愛媛県が出場していないので、まったく興味が湧かない。
それは別として、
「こんな時期に」という意見と、「こんな時期だからこそ」という二つの意見がある。
ぼくとしては、こんな時期だからこそという意見の方に加担したいが、
それに反対の意見もよく理解できる。
反対論の人たちは、今現在苦しんでいる人、死にかけている人がいるのに、
なにを「不謹慎な」という感情がベースだろう。
賛成論者は、そういう人たちを「勇気付ける」意味で開催すべきだという主張だろう。
だが、お互いに相手の言い分はよく理解しているはずだ。
いつかは開催すべきであるという点では、意見が一致しているからだ。
問題となっているのは、その「時期」あるいはタイミングに対する認識の違いだけだ。
被災したのが3月11日、選抜が開幕したのが23日。
2週間も経っていない。
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ぼくは、こういうスポーツやコンサートなどのイベントを開催するタイミングとして、
海外からの目を、ひとつの判断基準として考慮すべきだと思う。
いまも世界中で、【Pray for Japan】の言葉とともに、多くの義援金などの援助活動が日本に集まっている。
彼らとしては、「日本は困っているだろうなぁ~」という純粋な気持ちが援助活動のエネルギーになっている。
ところが、早々にお祭り騒ぎ(?)を一方で始めたらどう思うだろう?
「なんだ、日本困っていないじゃネーか、アホらしい。」となる可能性は高い。
だから、タイミングが難しい。
逆に、「さすが日本、こんなに困難な時期でさえも、自ら奮い立たせるために普段の生活を守ろうとしている。」
・・・っと、感じて欲しいのだ。
そして、まさしく日本という国は、そういう理由でこんな時期に敢えてスポーツ大会をするのだから。
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そういう意味において、「選抜高校野球」を開催したタイミングは、適切な判断だったと思う。
主役が高校生だからだ。
そして、プロ野球の開催日を巡って、喧々諤々の議論がなされたということも知っている。
4月のいつかは知らないが、これも良い判断だと思っている。
なぜなら、「喧々諤々の議論がなされた」というプロセスを経ているからだ。
そのプロセス抜きだったら、世界の目は急速に冷ややかなものに変わるだろう。
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結果として、今回の開催時期に関する日本人のバランス感覚は賞賛されて良いものだと思う。