異教徒の誇り | so what(だから何なんだ)

so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、ある人のブログを読んで、


今回の震災と宗教について考えさせられた。


どの宗教も困っている人を救済することを看板に掲げている。


今回のように、目の前に困った人々が大勢いる状況で、


その人たちを助けられないならば、即刻その看板は下ろすべきであろう。


宗教が出来ることは、精神的な救済が第一に思い浮かぶが、


人的、物的、そして金銭的な救済の総てが可能であるはずだ。


特に、最後の項目は見落とされがちだ。


彼ら宗教団体は、このような非常事態と関係なく、


無垢の民からお布施とか、寄付金という形で金銭を受け取っているではないか。


しかも無税で。


ならば、同様に彼らも義援金という形で、


積極的に被災者たちを「救済」すべきではないだろうか。


ぼくから見れば、布教活動の絶好のチャンスと思うのだが。


ところがどうだ。


「祈り」ばかりしているのじゃないか?


・・・・・・


その点、キリスト教は流石である。


行動が早い。


組織立っている。


布教活動に年季が入っている。


日ごろ「神の愛」を説く者として、言行一致している。


・・・・・・


ならば、日本人はすべてキリスト教に改宗すべきではないか。


そうすれば、略奪も起こらず、我先に救援物資に殺到することもなく、


隣人愛の元に整然と困難に立ち向うことが出来るではないか。


・・・・・・


ところが現実はどうだ。


彼らが蔑む異教徒である多神教の国民の行動を見たまえ。


わざわざ神に説教されなくとも、よほど隣人愛に溢れているではないか。


・・・・・・


これ以上は書かない。


優れた尊敬すべき宗教家が沢山いることを知っているから。


だけれども、今回日本で起きている事象をよく見た上で、


自分たちの教義に、あるいはこれまでの宗教活動の中に、


「欺瞞」とか、「放漫」とか、「傲慢」とかの匂いがプンプンしていないか、


もういちど自ら振り返って欲しい。


そして、すぐに行動してもらいたい。


ぼくらにはそれを要求する権利がある。


なぜなら宗教法人として、優遇税制を適用されているではないか。


今回の大震災も含め、彼らがどう行動したか、よく検証してみようではないか。