傍観者 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、ぼくらは、


こういった歴史的大事件の、


まさにリアルタイムの目撃者になっているんだけれど、


不思議に実感がわかないんですね。


この未曾有の災害が起きたのは、つい昨日だったんですね。


ところが翌日の今日は、頭の中では処理済のニュースとして扱っているんですよね。


もう過去の事件としてタグを付けて、倉庫の中に放り込んでオシマイにする。


そういった感覚なのです。


・・・・えっ?


ぼくのそういう感覚ってオカシイですか?


・・・・・


ぼくはオカシイと思います。


でも、この世の中、ショッキングなニュースだらけだ。


否応無しに、そういったニュースを心の中で処理しなければ、


次々と新しいニュースが飛び込んでくる。


いちいち深く吟味する時間なんてない。


このニュースに対してはぼくはこう思う、


というタグを簡単に付けてオシマイにする。


みなさんも自覚していないまま、


そういった処理を心の中でしているんじゃないですか?


いまぼくらが過ごしている情報化社会って、


まさしくそういう処理をする人間を育てているんじゃないですか?


・・・・・・


ところが、当事者たちは今現在、苦しんでいる。


過去のワン・オブ・ゼムのニュースなんかじゃない。


肉親や、友人、知人の安否が確かめられない。


財産の全てを失って、絶望の真っ只中にいる。


生存率を左右する72時間が、どんどん迫ってきている。


・・・・・・


このギャップはなんだろう?


傍観者と当事者との心のギャップ。


ニュースは、人の災難や悲劇をあたかも「商品」のように扱ってきた。


これはとてもオカシイことじゃないですか?