・・・・・・・っということで、ぼくは「自分探し」という行為をいままで馬鹿にしていた。
なぜなら、自分なんて見つかると思うほうがおかしいからである。
でも、ちょっと考え直すことにしてみた。
自分探しという言葉自体は陳腐なものだけど、
そういう行為に向かわせる気持ちは理解できる。
お遍路さんにしても、寺にこもって座禅を組むのも、
結局は自分と向き合う行為じゃないだろうか。
自分探しということは、日々の生活の中で流されて、
自分と向き合う時間が取れないことから出てきた言葉であろう。
自分と向き合うには、パターン化された日々の生活から抜け出すのが手っ取り早い。
ようするに、旅行することだ。
旅行はイイ。
自分なんか探し出せないまでも、
知らず知らずにせよ、自分と向き合う時間が取れるからだ。