ボー球 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、意思の疎通は難しい。


同性間でも、同世代間でも・・・


分かりきっていると思って、


でも、分からないかもしれないと思って、


必要以上に、説明的に書いても、


結局、理解されない。


特に、男女の間は分からない。


そうは言っても、30年近く暮らしてきた夫婦だから、


男女間の意思疎通は、言わなくても分かる部分が大半だろう・・・っと考えるのが曲者だ。


ぼくら夫婦でも、分からない。


まったく分からない。


絶望的なほど分からない。


お互い何を考え、何を欲しているか。


一番の問題は、夫婦だから分かっているだろうという錯覚があるため、


余計に悲惨な結果を招く。


・・・・・・


そこで、ぼくは提案する。


お互い分からないものだという前提を崩さないことだ。


中途半端に、分かってくれているなんて思うから、間違ってしまうのだ。


夫婦間はもちろんのこと、


男女間でも、


肉親同士でも、


友人同士でも、


ましてや、他人同士なんて、絶対分かり合えるはずがないのである。


そういう前提を基本にして、他人と付き合うべきである。


そうすれば、裏切られたとか、相手に失望したということはなくなる。


分かり合えたと思っても、それは一瞬の誤解なのである。


・・・・・・


養老孟司が面白いことを書いていた。


夫婦で正面から向き合うと駄目だと。


お互いに、相手の顔しか見えないからだ。


もちろん、お互い別人である。


別のもの同士が向き合ったって、共通点は見出せない。


ヨーロッパのカフェなんかは、お互い席を並べて同じ方向を見ている。


そうすれば、お互いの共通する風景が見える。


そうすれば、少なくとも同じ風景という共通点を見出すことが出来る・・・っというものだ。


・・・・・・


このブログだってそうだ。


お互いに真剣に向き合うと、誤解が生じる。


オチャラケで当たり障りのないことを書いているのが、いちばんだ。


そうすれば、たまに波長が合った一瞬、お互い理解できた気分になることだってあるもんだ。


・・・・・・


分かっていながら、ストレートを投げてしまう。


クセ球のように見えて、ホントーは何の変化もないボー球を。