・・・・・・・っということで、タイトルを変えてつづきを書きます。
「パソコンや、ファックス、携帯電話なんて何でも揃っているけれど、
ホントーは何にも繋がっていないんだと分かった」
という映画の中のセリフを検証(?)してみよう。
確かに仕事の上ではものすごく便利になった。
・・・・・・
電話回線を使ったテレックスは画期的だった。
特に海外とは時差があるので、毎朝長いテレックスを読むのが日課だった。
我々はその長い出力用紙を「ふんどし」と呼んでいた。
タイプでリボンに穴を開けるので、専用の女性オペレータが居たほどだ。
図面は郵送じゃなきゃダメだった。
そこで登場したのが、Fax。
手書きでも、スケッチでもそのまま送れた。
でも、枚数がかさばるともうダメだった。
そして、電子メールの登場である。
添付でかなりのボリュームの図面や書類が、数分で送れるのは奇跡的でさえある。
だが、その過程で、先程触れたテレックスのキーパンチャーや、タイピストの仕事は失われていったのは見落とされがちだ。
その分、自分で何でも打たなければならず、逆に仕事量は増えてしまった。
このように、通信技術の進歩は仕事面では能率を高めたのは、事実である。
その間の進歩をぼくは実際に体験しているので、感慨もひとしおである。
でも、「チョッと待てよ」という気分になる。
仕事上の効率は確かに上がったが、人と人との触れ合いはそれだけ密度が上がったのだろうか?
それとも逆に希薄になったのだろうか?
なんでも自分で出来るようになった分、各自が「個」に閉じこもる傾向が出てきたと感じるのである。
・・・・・・つづく。