聖戦について | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、ブログのネタはいくらでも出てきます。


なぜなら、いま酔っ払っているから。(;^ω^A


「カダフィ大佐がスイスに聖戦を」ってな見出しが目に付いた。


中身は見ていないが、こういう言い方は、イスラム教徒全体に対して良くないイメージを与える。


自分達に不都合な相手に対して、すぐ「聖戦」を持ち出すことだ。


この「聖戦」という言葉を聞くと、ウンザリする。


簡単に使いすぎているのだ。


この「聖戦」という言葉には、短絡的なイメージが付きまとう。


トコトン相手と議論を尽くして、それでも客観的に見て理論的でない、


不条理な相手に対して、神の名の下に聖戦を叫ぶなら、まだマシだ。

(それでもなお、マシだとは思わないが。)


だが、そんなアタリマエの議論も尽くさずに、すぐ「聖戦」だ。


こんな大事なカードを、いとも簡単に切ってしまう。


何で、こんな簡単なことが彼等には分からないのだろう?


そして、こんな自分に都合の良いように曲解して使う扇動者に乗って、


いとも簡単に自らの命を投げ出してしまうのだろう?


・・・・・・


これは、イスラム教徒だけに当てはまることではない。


キリスト教徒だって、同じだ。


イスラム教徒の「聖戦」に相当する言葉は、キリスト教徒の「十字軍」という言葉がピッタリ当てはまるからだ。