いざ鎌倉(その3) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、800年前のガンダム。



気分はいつも二日酔い


そのまま徒歩で由比ガ浜へ。


実は今日のルート、中学生時代に歩いた社会科のコースと殆ど同じだったのです。


あの時は、鎌倉駅で自由行動となって、各グループ勝手に行動となったわけ。


ほとんど記憶にないが、やはり大仏のインパクトは強かった。



気分はいつも二日酔い


それと、なぜか由比ガ浜が記憶に残っている。


・・・・・・


なんでこんなに鎌倉が人気なのだろう?


・・・っと考えた。


こんな人ごみの中を、次から次へお寺を巡って、何が面白いのだろう?


紅葉もまだだし。


写真も、こんなに人が多ければ、いいものは撮れないはずだが?


だれも寺の境内に腰をかけ、寺とそれを取り囲む自然を楽しもうとはしない。


しようとしても、無理なのだ。


みな追われるように、ガイドブック片手に、寺を巡る。


まるで、ポケモンのスタンプラリーのように。


聞きかじった情報で、どの店の食べ物が旨いとか、 どんなみやげ物が人気があるとか、 帰る頃には、誰もがディズニーランドのみやげ物みたいに両手に抱えている。


これって、楽しいのだろうか?


そんな楽しみ方は鎌倉に相応しいのだろうか?


・・・・・・


正しい楽しみ方なんかないのは分かっている。


これって変じゃないかなと思うぼくが変なのか?


・・・・・・


じゃあ、オマエの(正しい)楽しみかたってナンなのサ?


・・・っという声が聞こえる。


正しいか正しくないかは言えないが、本当は皆が思っていることって、こういうことじゃないかな?


即ち:


静かな古寺をゆったりした足取りで巡っていく。


紅葉にはまだ早いけど、落葉した木々の間に、ときにはっとする様な紅葉にめぐり合う。


耳を澄ますと、ヒヨドリの声が聞こえる。


上空には、ひばりが舞っている。


寺の境内に腰を下ろして、鎌倉時代に思いをはせる。


じっと目を瞑ると、鎌倉武士や、公家たちの足音が聞こえる。


喧騒の中での毎日の暮らしから遠くはなれて、鎌倉の歴史と静かな自然に包まれる。


・・・・・・っでしょ?


ネー、っでしょ?


だいたいの人が鎌倉を訪れる理由って、そうじゃないの?


でも、どーして出来ないんでしょう?


全くの正反対のことしかやっていない。


・・・・・・・


そりゃ、はるばる海外からやって来た外人なら、観光コースとしての鎌倉を駆け足で回るってアリですよ。


でも、関東に住んでいる人なら、鎌倉なんかいつでも行ける。


その証拠に、ぼくの家から鎌倉まで1時間弱だ。


晴れた、紅葉のシーズンだからというかもしれないが、紅葉じゃなくたっていいじゃないか。


晴れていても、曇りでも、雨さえ降っていなければ、鎌倉なんていつでも魅力的だ。


そう考えると、この人たちは、混んでいること自体が好きなのではないかと疑ってしまう。


わざわざ、人ごみに埋もれた観光地に好んで行くのじゃないかと。


・・・・・・ イヤ、違うな。 確かに、そういう面もないではない。


だが、ホントーはぼくが上に書いたような思いのはずだ。


もう、日本ではそういう贅沢が出来ないのだろうか?


・・・・・・


そこで、ぼくが鎌倉でしたようなことを皆さんも行うことを推奨します。


それは、見えるものを見ないことにし、見えないものを見ることにするのです。


どういうことかというと、


まず、人間を見ないことにする。


見えても、見ない。


次に、電信柱も、車も、安普請の家も見ないことにするんです。


そうすると、自然の中に古寺が見えてくるのです。


人の代わりに、自然の中に続く小道が見えてくるのです。


そして、耳を澄ませるのです。


そうすると、木々を渡る風の音や、小鳥の声が聞こえてくるんです。


そういうことを、頭の中で行うんです。


・・・・・・・


由比ガ浜は鎌倉の都にとって、物凄く大事な存在じゃなかったかと思う。


鎌倉の都を南に下りさえすれば、小振りな砂浜がそこにある。


昔の鎌倉の住民たちは、この浜辺を憩いの場所にしていたことが分かる。


ぼくは、砂浜を歩きながら、むかしの鎌倉にタイムスリップする。


もちろん、頭の中では、全ての人間と、現代の建築物の全てを消し去っているんです。


そうすると、弓なりになった砂浜と、遠くの岬だけが目に入ってくる。


夕暮れになると、鎌倉の家々に明かりが灯りだす。


子供たちが砂浜で遊んでいる。

(もちろん、鎌倉時代の子供たちですよ。)


夕餉の支度が終わり、子供たちを呼ぶ母親の声が遠くに聞こえる。


一日の終わりに、公家も、武士も、そして庶民も、海岸を散歩しながら、くつろいでいる。


今よりずっと少ない数の足跡が、砂浜に残されている。


そして、800年前と同じように、波がその足跡を消し去っていく。


・・・・・・


どうです?


ぼくが、鎌倉で描いた白昼夢。