無人島(その9) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、変な夢の続き。


平坦な無人島に7人の男が乗ったボートが漂着した。


7人とは、アメリカ人、中国人、フランス人、イラン人、ロシア人、北朝鮮人、そして日本人。


もちろん雰囲気は最悪であった。


それでも、誰かをリーダーにしなければならないのは、共通の認識であった。


誰をリーダーにするか、それだけで揉めに揉めた。


大声で各々が最適任だと喚(わめ)きあった。


突然、いつもは静かな日本人が手を上げ、自分をリーダーにするよう強く主張した。


それが、生き残るための唯一の選択肢であると。


皆は、鼻でせせら笑って、彼の意見を無視した。


論争は果てしなく続いた。


日本人は、一人東のほうに去っていった。


・・・・・・・


1年後、残った6人は無残な状態だった。


飢えて、着るものはボロボロ。


それでもいがみ合っていた。


ある日突然、彼らは東に去っていった日本人のことを思い出し、尋ねてみることにした。


3時間ほどジャングルの細い道を歩いたところで視界が開けた。


彼らはその光景を見て唖然とした。


広くはないが立派な畑があり、コテージ風の小屋が建っていた。


井戸が掘られ、家畜も飼われていた。


久しぶりに会った日本人は、こざっぱりした服装で、笑みをたたえながら彼らを迎えた。


彼らに食料を与え、風呂に入ることを勧めた。


・・・・・・・・・


一息ついた彼らの中の一人に、ここを日本人から奪い取ろうとそそのかす者がいた。

(何国人とは言わないが。)


それを察した日本人は言った。


「1年前に私が言ったことを繰り返します。


全員が生き残るためには私をリーダーにすること。


それが、生き残るための唯一の選択肢であること。」


不承不承ではあったが、とりあえず、日本人の言うことを聞くことにした。


腹の中では、いつでもぶっ殺してやると思いながら。


・・・・・・・・・・


そして5年後。


島は隅々まで開拓され、畑、牧場、果樹園が広がる豊かな土地に変貌していた。


ちょっとした娯楽場なんかも建っていて、そこには夕暮れになると自家製ビールを飲みながら和気あいあいと語らう男たちの姿があった。


驚いたことに、共通語として日本語が使われていた。


彼らは日本人のことを、尊敬の意味をこめて「先生」と呼んでいた。


では、日本人は何をしたのであろう。


もちろん口ではなく、手を動かす労働の大切さを教えた。


それはすぐに成果として現れた。


だが、一番重要なのは、「精神」の教育であった。


徹底的に「日本の精神文化」を彼らに教えたのである。


日本の精神文化とは、わび・さび、無常、恥、義理・人情、恩、間、そして和である。


これらの精神的概念は、彼らには全く欠けていたものである。


・・・・・・・・・・


こうして、地球上に唯一つ、完璧といっていいほどの平和な理想郷が誕生したのである。


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えッ?


その島はどこにあるのかだって?


残念ながら、消えちゃったんですよ。


地球温暖化によって海面が上昇し、水没しちゃったんですね。


もちろん、島の住民たちも・・・・・・。





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