父性について | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、ある女性のブログを欠かさず読んでいる。


その子は、ペタの機能を停止しているので、私が読んでいることさえも知らないだろう。


いつ、なんでそのブログに行き当たったのか、まったく覚えていない。


なぜか気になるのである。


その理由は、彼女が深刻な悩みを持っていて、自分の悩みを正直に書いているからだろう。


ご覧の通り、私のブログはヒネている。


ウソは書かない主義だが、かなり脚色している。


それとは反対に、彼女の書く内容は、全然ひねっていない、ストレート球ばかりだ。


悩みというのは、心に関する問題である。


なかなか難しい問題だが、読んでいくうちにどうもその原因が家庭にあり、それも父親が大きな要因を占めているらしいことが分かってくる。


その女性も、ちょうど私の娘と同じくらいの歳なので、ついつい父親としての自分と重ね合わせて考えてしまう。


正直に悩みを打ち明けて書いているといっても、洗いざらい書くようなことはしていない。


その辺の節度はきちんと保たれている。


それでも、ひどく気持ちが落ち込んでいるときなどは、心の叫びが伝わってくる。


そういう時期は、私も気が気ではなくなる。


知らず知らずのうちに、その子と心がシンクロしてしまっている。


そんなときは、何かアドバイスしなければという気持ちになってしまう。


いままでに、何度途中まで書いてそのまま送らずにしてしまったことだろう。


確かに、私は父親と同じ位の歳だが、実際のことは何一つ知らないに等しい。


例えば、家庭内暴力。


そんなことがあることを知識として持っているが、そんなことをする親など想像も出来ない。


娘を愛していない父親などもそうである。


まったく信じられない。


ましてや、心の問題である。


いくら興味を持っているといっても、浅い知識でめったなことは書けない。


アドバイスのつもりでも、まったく的外れで、逆に心を傷つけてしまう恐れも十分にある。


だからといって、当たり障りのことを書いても意味がない。




どんな父親でも、赤ん坊のときにオムツを替えたことの無い父親なんていない。


懐に抱っこして、泣き止むまで廊下を何度も往復したはずだ。


だからこそ、その子が大人になった今でも、父親に抱きしめて欲しいときはそう言うべきだと思う。


どんな娘でも、父親に愛してもらう権利を持っている。


父親と対決して、その権利を主張すべきだ。


・・・・・・っと、


彼女に言いたいのはこのことなのだが・・・・・・