そして誰もいなくなった | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・・っということで、暗い話。


こんな話を書くのは気が引ける。


でも、日記である。


書きたくないことも、書くのが日記である。


ブログって、不思議だなァ~。


・・・・・・・っで、私の昔話。


マタカヨー。


スッゴイ昔の話。


会社の支店で問題が発生した。


若い社員が、自殺したのである。


それも、支店の中で。


首を吊って。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


どうです?


暗い話でしょ?


ココから先は、読まなくて結構ですよ。


いいですか?


止めるなら、今がチャンスですよ。


・・・・・・・・・


なぜか、私がその支店に派遣された。自殺したY君のバックアップとして。


支店長は私より6歳上の、要するに団塊の世代の先輩。


私がイラクに赴任したとき、入れ違いに帰国した人だ。


仕事に厳しい人だった。


人間としては、とてもいい人なのだが、一たび仕事のことになると、狂人のようだった。


Y君のことは私は知らない。


新入社員だったので。


でも、仕事はトロかったようだ。


いつも、支店長に叱られてばかりいたという。


ついに、ある朝、事務所の中で首を吊ったのである。


それを最初に発見したのが、私と同期のN君。


N君は事務員と一緒に、Y君を抱きかかえ、下に下ろしたそうだ。


オイッ!!FirstLight。オマエ、あの事務所が変だから応援に行って来い!!・・・っと、上司に命令された。


今なら、難癖つけて行かなかったと思うが、そのときはまだ素直だったのである。


私が入ったのは、Y君が使っていた下宿と同室。


今なら考えられんが。


(ココでの話が別にあって、そこで寝ていたときY君の亡霊と会話したのだが、その話は省略。)


・・・・・・・っで、N君はすでに書いたとおり、私と同期で、同い年だった。


N君は優秀だった。


私よりズ~ッと優秀だった。


事務所が変だといったのは、実はN君のことである。


Y君の自殺体を発見し、彼を抱きかかえたというそのショッキングな出来事が、N君の心を蝕み始めたのだ。


所長といえば、所員の飲み会のとき、酔っ払って

「Yのヤツ、仕事はトロかったが、首吊るときの段取りだけはちゃんとしていたよナァ~」

なんて、今ではKYな発言をしていたのが気になった。


わざわざ事務所で首を吊ったのは、彼なりの当て付けがあったのだろう。


・・・・・・・・っで、N君なのだが、仕事は相変わらず完璧だったし、私と飲んで話していても、まったくノーマルだった。


だが、・・・・・・


フト、「枝振りのいい木に、知らず知らずのうちに目がいっちゃうんだよなァ~」


・・・・・・っと、彼が言ったとき、ドキッとしてしまった。


しばらくして、N君は実家のある本社に戻ってしまった。


そして、彼はお見合いで結婚した。


親戚の人たちは、結婚して落ち着けば、彼の精神状態も良くなるであろうと。


だが、彼は冬のある日、ダム湖に入水自殺したのである。


湖畔に彼の自動車が停めてあったという。


私の知る限り、彼は水泳が得意だったのだが。


なかなか彼の遺体は上がらなかったらしい。


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そのご、彼の弟とN君の未亡人は結婚したというウワサを聞いた。


ほんとうは、その弟には別の許婚がいたという。


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その知らせを聞いて、所長が「これはオレの責任じゃないよなァ~」っと私の前でつぶやいた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


わたしは、間もまくその支店から大手町の事務所に戻った。


しばらくして、そのときの所長が亡くなったという知らせが届いた。


彼はその後、実家のある大阪の支店に転勤になったのだが、肝臓癌に侵されて、40歳台で亡くなってしまった。


なんという若さでの死だったのであろう。


今から思うと、つくづく若かったなァ~っと思う。


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・・・・っと、以上が私の心に牡蠣のようにしがみ付いている思い出である。


ここから、皆さんはなにを教訓にします?


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少なくとも、私は色々な教訓を得ました。


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