【目標のために不安や困難を乗り越えるのではなく】 | Live with Max.

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世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 ~2014年1月に更新した記事より再投稿です。~


 僕が個人的なことでよくお世話になっている水野さん(仮名)へ、応援のメールを送った時のこと。

 水野さんは自分の夢を実現するために必要な資格試験を翌日に控えていた。僕は別にこれといった支援をしてきたわけではないが、どのような試験で、そのためにどれだけ頑張ってきたかを少しは知っていたし、何としても合格してほしいと願い続けていた。

 その試験の話を聞いてから3回くらい、それに関するお話をする機会があったが、その度に水野さんから『不安です』という言葉が返ってくる。それだけ難しい試験のようだし、いくら準備を重ねてもそう感じるのは無理もないかも知れない。

 そして、前日に一言、応援したいと思ってメールをしたところ、『不安で仕方ない』という返事がまた返ってきた。不安な気持ちを人に話すことで、少しでも自分を落ち着かせることができるからだろうか、それとも合格できなかったらどうしようという気持ちとプレッシャーで、本当に不安でしょうがないのだろうか。

 またしても『不安』という言葉がでてきた水野さんの心境を思い、メールを読みながら僕も身の置きどころがないような気持ちになった。
 大丈夫なはず。夢に向かって、水野さんはそうとう努力されてきたはずだ。なのにギリギリまでそんな不安な気持ちでい続けなくてはいけないなんて、あんまりじゃないか!僕は知らずのうちに個人的な思い入れにまみれた愚痴を頭の中で呟いていた。

 しかし試験前に不安な気持ちになるのは決しておかしなことでも、理不尽なことでもない。どんなに準備をしっかりしてきたとしても。

『その努力が結果として報われるまでは』

そんな気持ちになっても不思議ではない。

 と言いたいところなのだが、そこでふとした疑問がわいてきた。何かを成し遂げるには困難がたくさんあるのは分かる。悩み、もがきながら、耐えて、一歩ずつ進んでいかなくてはいけないのも分かる。それが当然だと思っていた。

 でも、極端な思い入れとはいえ、水野さんを応援していた僕には、『いや、それはおかしいじゃないか』と思えてきた。

 『努力が結果として報われるまでは』、不安で苦しまなくてはいけないのはおかしいじゃないか。イヤイヤではく、自らの意思で、他のことの時間を割いて一生懸命勉強し、努力し続けているのに、それが終わるまでは報われずに不安ばかり。努力し続けることも素晴らしいのに、そのこと自体にもっと価値を感じられてもいいはず。
 自分のことだったら『弱音はくな、辛いのは当たり前』と言い聞かせられるだろうが、人のことになると、心配と応援の気持ちが混ざって、そんなことにまで文句を言いたくなってしまう。



 落ち着かない気持ちでそんなことを思っていると、そこからこんなことを考えてはじめた。


 目的を達成すること、ゴールすることは、大切だけど、その時だけが価値のある瞬間じゃなくて、不安や困難が続こうと、一日一日が、一歩一歩、全てに価値がある。そのために未来のゴールを目指すと考えることが出来たならば、その一歩の意味というのは大きく変化するのではないだろうか。

 いや、ゴールすることができなかったとしても、たとえ明日には、そのゴールを目指すことができなくなると知ったとしても、今できることに集中するんだ。おそらくそのことに理由などない。その行為そのものこそ価値がある。だから続けるんだ。

 それはどうかな?と思う人もきっとたくさんいるだろうけど、『誰かを好きになること』にたとえると、少しは僕が感じたことも伝わるかも知れない。
 その気持ちが報われる(相手も自分を好きになってくれる)、あるいは報われる可能性があると分かっていなければ、好きでい続けることは意味がないのだろうか。
 自分の想いを伝えることすら困難なほど遠い存在の人、好きになってはいけない相手や立場ということもある。もしくは架空の人物であったり故人であったり。それは確かに苦しいかもしれない。 
 でも、それは意味がないからといって好きでいることをやめる理由になるだろうか?相手を想い続けること、その行為そのもにも、自分にとっての意味があるからであって、その結果どうなるという理由があるわけではない。僕はそんなふうに思う。

 スティーヴ・ジョブズはあの有名なスピーチで、過去に残してきた数々の点を、未来の自分が振り返った時、それが線で繋がっていることに気づくと言った。『目の前のこと、今に集中する。そうすれば先のことは考えなくても、その積み重ねが自ずと未来へと繋がる。道が拓ける』僕も今までそんふうに考えてきた。
 でも、それだけじゃない。線になるかどうかは分からなくていい。信じられなくてもいい。点を作り続けること、そのことに意味があると感じられるならば、ゴールに向かう過程での不安や苦しみと戦わなくてはいけないとしても、『これを味わうために、ゴールを目指しているんだ』と考えることはできないだろうか。そういう生き方に意味があると。

  水野さんからのメールを読んだあと、そんなことを数日間、考え続けていた。回数は少ないが、試験の話をするたびに、『不安』だと、おそらく無意識に僕に話していた水野さんの努力し続ける『その姿勢こそが尊い』のだと、その日に伝えることができていれば、少しは勇気づけられただろうか。そんな悔しさが頭を過ぎった。


 『目標を達成するために、不安や困難があるのではない。それを味わうために目標を目指す。』

 苦しいときは、そう自分に問いかけてみるのはどうだろうか。

 努力が報われる瞬間だけに価値があるのではなくて、すべてに価値は存在する。そう思うのと思わないのとでは、一日一日、一歩一歩の価値の大きさにも違いがでてくるはず。不安や苦しみを手放し、生きていく勇気が増していくはず。


 
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