【認めるなら取り引きはしない】 | Live with Max.

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世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

僕があるイベントの企画・運営を部下の上谷君(仮名)に任せた時のことだった。


彼の進め方に関して、僕は極力口を挟まずに状況の確認だけを適度にしていたのだが、ベテラン女性社員の竹本さん(仮名)が、僕のそのやり方と、上谷くんの進め方にも反対意見を述べ、口論となった。


竹本さんは、こういった数々のイベント運営を担当してきている実績がある。上谷君の進め方をみて、このままではダメだと主張し、僕は、いやここはもう少し上谷君に任せてみるから我慢するようにお願いする。


すると竹本さんは、ふてくされて、それを態度に出しながら仕事を続ける日々となってしまった。


他のスタッフとは普通にしているのに、僕と接するときだけ、態度を変えて距離をおくような感じに
なる。そういうことにエネルギーを使えてしまう、いわゆる『根に持つ』タイプだった。


当然のことながら本人は自分がそなん人間であることなど微塵も感じていない、『悪いのは私の意見を聞かない内海だ』ということになる。


状況が悪化する前になんとかしなくてはいけないと思った僕は、自分から歩み寄り、日を改めもう一度話をして、今度は先に相手の意見を尊重する、聞き切るということに決めた。


『なるほどね、竹本さんがそう思うのには、そういう理由があるんだね。この間は、そこを認めてあげることができなくてごめんね。』


しっかりと話しを聞き、僕がそういうと竹本さんも『本当はいけないって分かっていたんですが、態度に出してしまってすいません』そう謝ってきてくれた。


僕は胸を撫で下ろし、意見を言ってくれたことに感謝をし、今回はとりあえず現在進行中のやり方で進めさせてもらえるよう、改めてお願いをした。


しかし、その途端、口論になった時に僕が口にしたことを再び持ち上げて、それが正しくないことを
指摘し始め、あなたは間違っている、これが事実だ、正しい、という話をし始めた。


開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。
まだ僕が間違っているという主張をつきつけたがっていたのだ。


僕は絶句した。


謝っている相手に対して、更に正否をはっきりさせようとしてくる。どこまで根に持てば気が済むんだ?


おそらくこの話を読んでいる殆どの方がそう思っているだろう。


僕も最初はそう思って、諦めかけた。だが、その時の会話や僕の態度を細かく振り返り、なぜ
そうなってしまうのかを考えてみた。

一度本人も不機嫌な態度をとり続けていたことを申し訳ないと認めたのに・・・


『んっ!!!』

そっか、しまったぁ。。。
ようやく気づいた。


そうだその後だ、僕が企画の進め方を変えずにやらせてほしいと言った後だ。


話し合う前、僕は相手の言い分をまずは聞き切る。そしてそのことを受け止めてあげなかったことを謝る、それが大事だと自分に言い聞かせた。
そしてその通りにしたところ相手も打ち解けてくれた。
僕がとるべき行動は、それだけで十分だったのではないか。

そのことが大事だと話し合う前に自分に言い聞かせておきながら、僕はその見返りとして、相手が企画進行に関して今回は現状のやり方に納得してもらおうとしていたのだ。最初からそのつもりで歩み寄っていたことに気づいた。


僕がしたのはただの『取り引き』だった。

相手のいい分を受け止め、認める変わりに、自分の言い分も理解してほしい。そうやってまた相手に求める。これは取り引きではないか・・・


相手の言い分を受け入れて、しっかりと聞いてあげられなかったことを謝る。


それ以上のことはしてはいけなかった。そこで仮に、相手が同じように、まだ自分の意見の正否を問うようなことを言ってきたとしても、それを責めてはいけない。


そこから相手がどうでるかは分からないが、少なくとも自分から取り引きを持ちかけることはしない。
それが、相手を『受け入れて、認める』ということなのではないだろうか。

そんな姿勢を積み重ねた上で、『いつか僕の意見に耳を傾けてもらえらばなぁ』とこっそり思うくらいでちょうど良いのかも知れない。


これは僕にとって、その後も非常に良い教訓となって今も生きている。

相手の考えを認めるということは、別に相手の言いなりになるという意味ではない。『そうか、あなたはそんなふうに考えていたんだね。このあいだは、そこまでしっかり話を聴こうとせずいたこと、ごめんね。』というように、まずは「聴く」ということ。

そして、そのように接することで、相手にも自分の意見を理解しもらおうなどと思ったりするなら、それは認めているのではなく、求めているだけ。ただの取引き。

じゃぁ、自分の考えや意見を、相手に理解してもらいたいと思ってはいけないのか?

そうではない。それは思ってもいい。だけど、そうなるために自分がすべきことは何なのか?それを考えて、粛々とそれを貫くこともせずに理解してもらいたいと思うのは違うだろう。


取引はしない。いつも相手を受け入れてあげること。認めてあげること。大事なのは、その場限りではなく、ひたすらそれを積み重ねること。そんなふうにまずは自分が変わること。そういう信頼関係を築く努力を怠ったために、僕は度々周囲の人だけでなく、自分をも苦しめる経験をしてきた。


では、今はその経験を生かし、そんなふうに信頼関係を築くことが出来ているのかというと、まだ決して胸を張れるレベルではない。やっぱりついつい感情的になってしまう時もある。

でも、例えそれが難しいとしても、取引きをしていまいそうになった時に、そんな自分の姿に気づき、一瞬踏みとどまろうとしてみる。それだけは怠るまい。

自分から歩み寄っても自分の意図や意見を理解してもらえない時は、やっぱりつい感情的になったりしそうにもなる。だけどそこで踏みとどまれた時には、ささやかだが穏やかな気持ちがそれを打ち消してくれるのです。

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