さて、中に入り、食事が始まります。
会場に入ると新婦のお父さんが
「こっち!こっち!」
とテーブルから手招きしてくれました。
前菜から始まり、
どれもサルデーニャのお料理で、
初めて食べる物が多かったのですが
その美味しいこと!
新郎新婦のご両親とのおしゃべりと、
食べることに夢中で、料理の写真はほとんど撮っていないという…💧
海の幸、山の幸、両方とても美味しいお料理の数々だったことは間違いありません。
で。
私たちは新郎新婦のご両親と同じテーブルだったので、
ご両親に挨拶にきた親戚の人たちもいろいろ紹介してもらいました。
その一人、ローマに住んでいるという新郎の叔父さんが
私たちを見て
「君たちは僕を覚えていないかもしれないけれど、
僕は君たちを覚えてる。
フィレンツェの小児総合病院までお見舞いに行った時、
君たちに会ったよ。
息子さん、元気みたいだね。大きくなった。
本当によかった。」
と。
正直、彼のことは覚えていなかったのですが、
その新郎の叔父さんのあたたかい言葉が
とても嬉しかったです。
小児総合病院と言えば…
私たちが新郎新婦と出会ったフィレンツェの小児総合病院(現在もピピウがお世話になってる)を支援する財団から、新郎新婦はボンボニエーレ(祝い事などの際に招待客に贈られる小さなプレゼント)を購入しており、メッセージカードがそれぞれのテーブルに置かれていました。
もちろん、そのボンボニエーレのお金は小児総合病院に寄付されます。
たとえ息子を亡くした病院でも、あれら3年以上経っていても、新郎新婦の病院、そしてそのスタッフに対する感謝の気持ちは変わっていません。
そのこともまた、私とダンナの目頭を少し熱くさせました。
私は帰り道、運転する予定だったので食事中お酒は飲まず、
ダンナはいっぱい飲み(飲まされ)、
ワイワイ楽しくすること数時間。
新郎新婦の兄弟と友達が作成したという、新郎新婦二人の生い立ちビデオを見ることに。
新郎新婦の子供のころの写真とか、ビデオとか、
爆笑を誘った場面もあたのですが…
やっぱりね…
もちろんあるよね…
NICUでのGくんとの写真。
もちろんあると思っていましたし、心の準備もできていましたが…
Gくんの写真が出たとたん、涙がポロポロポロポロこぼれ落ちました。
途中、見ていられないくらい。
2017年は、本当にいろいろな意味で特別な年でした。
私たち夫婦も、ピピウを失う恐怖を味わいました。
普通の生活ができないかもしれないという不安を抱きました。
どんなに説明しても、NICUというあの特別な空間での出来事は
他の人に簡単に伝わるものではありません。
恐怖、不安、喜び、希望…
全てをほぼ1年間、私たち夫婦は新郎新婦と共有してきました。
ただ、決定的に違ったのは…
彼らは愛する息子を亡くし、
ピピウは助かったということ。
多くの不安や恐怖は共有でき、お互いに理解し合えましたが、
子供を失う悲しみと絶望は、私たちには想像はできても、
本当に理解することはできません。
それでも、ピピウを自分たちの息子のように今も可愛がってくれる
新郎新婦とそのご両親には感謝が尽きません。
そういった当時のことがいろいろフラッシュバックしてきて、
もう、涙が止まりませんでした。
テーブルで号泣している私とダンナを新婦のお母さんがが見て、
「もう、なんで泣いてるのよ!」
と言いながら、涙目に私たちに微笑みました。
また泣けるー!
もう、何されても泣けるー!
泣いてたのは私たちだけだったけどね…。
それからも料理は続き…
食事(昼ご飯だったはず)のメイン料理が終わったのが
6時。
それから、ケーキカットとデザートがテラスに用意されているから外に出るように言われ、
新郎新婦がケーキカット、
他にもいろいろなフルーツやデザートをいただき、
お腹いっぱいになったあとは、
バンドの生演奏にあわせてみんな踊る!踊る!
イタリア人ってすごいなと思うのは、
結婚式で70歳~80歳くらいのおじいちゃん、おばあちゃんもノリノリで踊ってること。
そして、あれだけ飲んでも、酔いつぶれている人はいないこと。
私たちも踊りまくって、帰路についたのは10時半でした。
つづく
インスタしてます。
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