かつて、僕は木材ユーザーで、おそらくすべての木材ユーザーがそうであるように、絶望していた。
当時の僕は重量と弾みの比例曲線に嫌気がさしていた。
木材ラケットはそれが顕著だった。
”妻の尻と木材ラケットは重い方がいい。”
ギリシャの卓人アンドレア・ヘラクレス(AD 1805~)
彼の言葉が今も変わらず語り継がれているのは理由がある。
木材ラケットは木の詰まり具合がすべてを決めると言っても過言ではない。
同じモデルでも重量が異なれば、それはもう別のラケットである。
単板なら重量の他に、さらに木目の要素も加わる。
この世に全く同じ木が存在しないように、全く同じラケットは存在しない。
僕はクリッパーCCを使っていた。
カーボンパウダーが含まれているが、それについては無視する。
クリッパーCCの良さは打球感と飛び出し角度、そしてブロックで押されない安心感とパワーロスの少なさ、そしてスティガ特有の太いグリップである。
これらの魅力に取りつかれつつも、更なるスピードを欲していた僕は、特殊素材という悪魔の契りに魅力を感じていた。
今のクリッパーは89g、これより飛ばすにはもっと重い個体だが、素材ラケットなら重量はそのままに飛ばすことが出来る。
これまでも、インナーフォースレイヤーZLC、ティモボルALC、ビスカリアと特殊素材は試してはきた。
誰もが認め、歴史に名を刻む王道ラケット達である。
だがどれも満足のいくものではなかった。
ある点では優れていても別の点で不満を感じ、初めてクリッパーCCと出会った時のような完璧なものがそこにはなかった。
あるいは、僕らは共に過ごした時間が長過ぎたのかもしれない。
繋がる数だけ、クリッパーCCはその渇きを潤し、僕らは罪を重ねた。
いつか終わる日が来ると分かっていながら。
ノビリスとの出会いは、ある知人が使っていて、たまたまラケットを交換して打ってみたのが最初だった。
アウター素材は苦手意識があったが、これは違った。
何よりこれは木材3枚+PBO-C素材2枚という構成で、ヒノキの上板が1.2mmもある。
おかげでアウター感はそこまでなく、少し硬いかな?くらいだった。
アウターALCほどの硬さは無く、僕にとってはコントロールの効く打球感だった。
飛び出し角度も低過ぎない。
やや直線的ではあるが、これも許容範囲。
そして一番の特徴は弾みだ。
今まで使ってきたラケットのなかでダントツの飛距離とパワーだった。
軽い力でも走り抜ける弾道がそこにはあった。
それから数ヶ月後、僕は僕だけのノビリスを手に入れた。
87gの個体で、軽くなった分スイングスピードが増した。
87gでも89gのクリッパーCCより断然飛ぶ。
そして硬すぎない。
想定外の不満は全くなかった。
強いて言えば打球感だろうか。
中芯が桐で厚いため、ややスカ感はある。
板厚が7.1mmと厚めなわけだが、予め考慮していたしクリッパーCCが7mmだったので特に違和感はなかった。
手に入れて1ヶ月後くらいに出場した墨田区リーグ戦2部のシングルでは元明治の方以外には全勝することが出来た。
ちなみに墨田区は12部あり、2部のリーグには30代で無双している高木和選手もいる。
その後の杉並3シングル団体でも個人としては年代別2段の選手以外には全勝した。
もちろんラケットの力だけでなく、単純に練習時間が倍増したのも大きな要因ではあるけど。
繋がる度に手に馴染み、僕の手汗で乾きを潤すノビリスが、つくづく愛おしかった。
ただ、このラケットがいくら優れているからと言って、アウターの薄ラケに挑戦したい気持ちが無くなった訳ではなかった。
その後の川崎リーグ団体戦と、千代田区団体戦で戦犯となった事もあり、蛹色の感情はついにその殻を破り行動に移した。
国卓のプロフェッショナルセールに抗えるほど、僕は強い人間では無かった。
今、僕の隣には無防備に寝息を立てている張継科superzlcがいる。
ノビリスに貼っていたディグは両面とも剥がした。
当然だが、ノビリスは何も悪くなかった。
悪いのはいつも僕の方で。
限られた時間の中で誰も傷付けずに生きる方法を僕は知らなかった。
いつかきっと、天罰が下るのかもしれない。
最後の審判のその日まで、僕は罪を重ねる他無いのだろうか。
意識高い卓人がラケットのレビューを書いたら
~ JOOLA ノビリスPBO-C 編 ~
終わり