古川竹二に見る台湾とアイヌ民族への「まなざし」 | ほたるいかの書きつけ

古川竹二に見る台湾とアイヌ民族への「まなざし」

古川竹二 は現在の血液型性格判断の開祖とも言える人物である(最初に言い出した人物というわけではないが)。東京女子高等師範教授をつとめた教育学者である。彼を含めた血液型性格判断の歴史的事情については、拙ブログのエントリ「血液型性格判断前史 」をご覧いただきたい(無論、不完全な紹介である。血液型性格判断の初期史については、大村政男『新訂 血液型と性格』に詳しい)。

 さて、古川竹二は戦前の人物なので、なかなかその文献に直接触れる機会は多くない。心理学者による紹介がPDFになってあちこちに散在してたり、『現代のエスプリ』の特集「血液型と性格 その史的展開と現在の問題点」に割と詳細に述べられている程度である。ネット上で見られる詳しいものとして、「古川竹二の血液型気質相関説の成立を巡って : 大正末期~昭和初期におけるある気質論の成立背景 」(佐藤達哉、渡邊芳之)をここでは挙げておこう。
 ところが、幸いなことに、先日、古川竹二の著書『血液型と気質』(1932年)を見せていただく機会を得た。その中で、いままで簡単な紹介のみでしか知らなかった文章について、原文で触れることができ、大変興味深かったので、何回かにわたって紹介していきたいと思う。

 最初は、台湾とアイヌ民族を比較した節である。これについては、「北海道人はどんな性格かII(2)アイヌ民族と台湾先住民の比較 」(大村政男、浮谷秀一)に簡単に紹介されている。一部が引用されているのだが、カッコ書きで「古川の文章は原文のままでは差障りがあるので、無難なところだけを引用している」とある(「現代のエスプリ」でも、大村氏が対談の中で簡単に触れている)。これをここでは全文引用することにする。かなり酷い言い方をしているところが随所にあるが、資料として耐えていただきたい。

 ところでこの部分を紹介する意図を少し述べておきたい。
 血液型性格判断を批判する際の視点として、優生学や差別との関連が語られる。だが、古川のこの本を読むと、関連どころか、始めから差別的な視点に満ちていることがよくわかる。無論、古川には自分が差別をしているという自覚はなかったろうし、また彼を取り巻く人々の間でも、それが差別であるという発想はなかったかもしれない。しかし、そのことは、日本のアカデミズム、あるいは教育者の間では、当然のように差別的に台湾やアイヌの人々を「まなざ」していた、ということを意味する。日本がどのように「まなざ」していたか、ということを物語る一つのエピソードとして、見ていただけたらいいのでは、と思う。

 では、以下に『血液型と気質』p.257~p.263、「後篇 訓育への応用 第三章 徳化の問題より見たる台湾蕃人と北海道アイヌ人との民族性の比較」を引用する。引用に当たっては現代仮名遣いに改めた。数字の一部は算用数字にしてある。表題及び「松葉農学博士」の文の引用を除き、太字強調は引用者による。傍点は下線に改めた。数値については上でリンクを貼った大村・浮谷論文を参照されたい。
第三章 徳化の問題より見たる台湾蕃人と北海道アイヌ人との民族性の比較

 吾人は次に一民族を徳化する事の難易が、如何に其の民族性と深き関係を有するものであるかを本章に於て考察し、本篇の目標とする訓育研究の資料とし、一は以て為政者の一考を煩し度いと考える。
 右の資料として吾人は昭和五年十月、突如蜂起して暴威を振い、残虐を敢てし所謂、霧社事件なるものを惹き起したる、台湾蕃人の民族性を窺い、其の対照として北海道に於けるアイヌ人の夫れをも考察しようと思う。
 霧社事件の原因として、台湾警務局は十一月二日左の声明を発表した。(東京朝日新聞 十一月四日所載)
 本件の原因に関しては、目下調査中にして正確には判明せざるも、今日までの調査の結果を綜合するに、左記各号の如きは其の主なるものにあらざるか。
、出役回数増加、元来霧社蕃人は伝統的に他より使役せらるることを潔しとせず、且つ男子は専ら狩猟を事とし労役をいとい、農耕に従事し又は労役に服するは、女子の業となす風習を有す。然るに最近各蕃社とも競ってその改善に努むる傾向あり、その結果として勢い出役回数増加するは免れざる事にして、これに含む所あるものと推せらる。
、蕃婦関係、此の点に就いては風説あり、内査を進めつつあるも未だ事実を探知するを得ず、唯霧社分室、佐塚警部の妻は白狗蕃頭目の娘なるが、白狗蕃と霧社蕃とは同種族なるも同部族にあらず。故に白狗出身蕃婦の夫に統管せらるるを快しとせざりし事情ありしにあらざるか。尚霧社には往時より内地人と蕃人と結婚したるものあり、その中には円満なる結果を見ず、離婚されたるものあるを恨めるものある事情あるものの如し。
、マヘボ社頭目の不平、今回騒擾の主謀者については未だ確実に判明せざるも、マヘボ社頭目モーナルダオは性凶暴にして、しばしば不穏の言動あり、且つ彼の妹が明治卅年頃内地人と内縁を結びたるに、その内地人に捨てられてより内地人に対し悪感を持つ事情あり、以上の事実がこんがらかって、モーナルダオは花岡一郎を説き彼の勢力範囲なるマヘボ、ボアルン、スーグ、プカサンの蕃人を糾合し、反抗の挙に出でたるにあらずやと考えられる。と
 吾人は以上が果して本件の真の原因であるか否かを知る事が出来ないのであるが、其の直接の原因としては恐らく斯様な事が挙げ得られるのであろう。
 併し乍ら吾人は、是等直接の誘因の奥に更に最も本質的な因子が潜んで居ると考えるものである。即ち夫れ等外的原因の外に、蕃人夫れ自身の中に本質的の因子を蔵して居る事を思惟するものである。吾人は此の消息を血液型の方面から推知する事が出来るように考える。左に桐原・白・古市の諸博士の調査報告を資料として、台湾蕃人の諸種族の血液型の頻度を表示すれば次の様である。

第百八表
(引用者注:各部族については省略。A/P値は Active/Passive 比の意味であり、A/P= ( O% + B% ) / (A% + AB%) と定義されている。これを団体(活動)性指数と呼んでいる。)

A/P O A B AB 人数 調査者
(台湾人の)平均 1.84 41.18 29.85 21.50 7.50 計3216
日本人 1.08 31.00 38.20 21.20 9.60 20297 ・家二十二氏ノ平均

 今是等台湾蕃人の平均の血液四型の頻度と、内地人の夫れとを比較する時、直ちに識者に気付かるる事は、O型者とA型者とに於て、大いに其の趣を異にせる事であろう。即ち内地人に於ては百人中三十人に過ぎないO型者(引用者注:上記表は日本人約2万人、台湾人約3200人のデータ。依って、ここは「30%」程度の意味である)が、蕃人に在っては四十名を越えて居る。然れば即ち蕃人の中半数に近い人々は剛毅沈着であり、強固なる意志の所有者である事となる。吾人が嘗て掲げた団体の中で、O型者の多い団体は陸軍大学出身将校団であり、51.5%がO型者であった。智能に於ては勿論比較すべくもないのであるが、其の気象・気質に於ては両者相通ずるものが有りはしないであろうか。次に温和従順であるA型者は、蕃人に在っては僅かに29.85%であるから、内地人の38.20%なるに比し遥かに少数である。
 吾人は此処に彼等の民族性の因て来る事情が存しては居ないかと考えるものである。即ち元来O型者には、前述せる如く自身の強い、精神力の旺盛な、所謂きかぬ気の人が多い。吾人は其の面影を幼児に於てさえ既に見る事が出来る。夫れ故に彼等を徳化するには余程の努力と忍耐とを要するであろう。智育に依ってするも亦容易の業ではあるまい。
 斯かる民族性を有して居るが故に、彼等が少数なるに拘らず、決して侮るべからざる底力を有する民族である事を推知する事が出来る。嚮に述べたるが如く松葉農学博士等が馬匹の血液型と其の性癖との関係に就き調査報告せられたものにも、
O型の馬匹は咬癖、蹴癖或は抗癖を有し、一般に悍感強し。
とあったのは、又以て類推の資料とする事が出来よう。
 台湾蕃人が斯くの如く剽悍なるに反し、北海道アイヌ人は未だ彼等の如き暴挙を敢てした事を聴かないようである。のみならずアイヌ人は次第に退嬰して其の滅亡も遠からずとさえ言われて居る。然らば即ち彼等と台湾蕃人とは、其の民族性が大いに相違して居り、従って調査にかかる報告を表示すれば次の如くである。

第百九表

A/P O A B AB 人数 調査者
日高アイヌ 1.08 22.02
33.33
29.93
14.68
509
二宮Grove二氏ノ平均
十勝アイヌ 1.78 25.53
30.80
38.60
5.15
227
中島氏
平均
1.43 23.78
32.07
34.27
9.92
計736


 右表に明かであるように、アイヌ人に於てはO型者が23.78%であるから、台湾蕃人の41.18%なるに比すれば遥かに少数であり、内地人(31.0%)の夫れに比すも亦大いに劣って居る。次にA型者数はアイヌ人も台湾蕃人もほぼ同じであるが、B型者に於ては、アイヌ人に在っては大いに増加して他の三型者の何れよりも多い。斯様にB型者が多い事は、過去を顧み悩む事や、行末を思い煩う事の少い即ち現在を楽しい満足して行く人の多い事を意味して居る。
 アイヌ人が内地人に圧迫せられて、次第次第に北方に退きつつある事は、彼等の中に剛毅果敢なO型者が甚だ少数であり、他の三型者が大多数を占めて居る事から当然推知し得られるようである。
 以上の如く考察して来ると、台湾蕃人が治台既に三十年に及ぶもなお徳化至難である事も、北海道アイヌ人が内地人の自然の圧迫に抗する気力無く、退きに退いて、自滅せんとしつつある事も、総べて是等の民族中に存する一の不可抗なる原因に依るものでは無いかと考えられる。夫れ故に若し台湾蕃人を温和従順ならしめようとする根本的手段を求むるならば、如上の理由に依って吾人は、蕃人と内地人との結婚に依り、彼等の間のO型者の数を減せしむる事にありと考える。斯様にして彼等の間にO型者が減じ他の三型者が増加する時、血縁に繋る人情の美と相俟って、彼等に対するに武力を以てする必要の無い時代が来るように思われる。勿論吾人の此の要求は其の実行が甚だ困難であるに相違無い。然し乍ら若し教育のみに依って彼等を和げんとするならば、更に長き年月を要しはしないであろうか。
  いかがであろうか。血液型性格判断として見た場合、まさに結論ありきの我田引水であり、牽強付会に満ち溢れていると言えるだろう。一方、差別の問題として見た場合、現代から見るならば、あまりにも酷い蔑視である。主なものだけを挙げるとしても、
  1. 日本が行ってきた植民地的・差別的支配に目を背ける(台湾・アイヌ双方に対して)。これは例えば「北海道アイヌ人が内地人の自然の圧迫に抗する気力無く」という文章からも伺える。「自然な」圧迫はないだろう。それに、歴史的には活発な抵抗もなされているのである。
  2. 台湾の人々による日本の植民地支配への抵抗を抑えるために、内地人と結婚させ「民族改造」を行うべしと提案していること。無論、結婚により融和を図るというのは政略結婚ということもあるように古くから行われてきていることではあろうし、また「血縁に繋る人情の美」というのはまさにそのことを指しているだろう。しかしここでの問題は、「O型の者が多いからその割合を減らしてしまえ」という民族の改造を提案しているということだ。支配者の被支配者に対する傲慢な「まなざし」でなくてなんであろうか。
  3. 台湾の人々をこともあろうに馬と比較していること。原文でもわざわざ太字で松葉農学博士の文章を引用し、台湾の人々を貶めている。(4)台湾の人々と同様にO型の多い陸軍大学出身将校団と比較する際は、わざわざ「智能に於ては勿論比較すべくもない」とし、台湾の人々を貶め、かつダブルスタンダードとしか言えない論法を駆使していること。
 無論他にも指摘できようが、ここではこの程度にとどめておく。
 大村氏は「原文のままでは差し障りがある」と述べたが、血液型性格判断の文脈に留まらず、戦前の日本による台湾等への「まなざし」が注目される現状では、紹介する価値があると考える次第である。

 なお、日本から見た台湾については、「Apes! Not Monkeys! はてな別館 」の「『博覧会の政治学』 」「空爆の歴史と台湾 」が参考になるのでぜひ参照されたい。

 あと1、2回ほど、『血液型と気質』からは紹介していきたい。それを通じて、血液型性格判断が抱える問題、日本の植民地支配の問題、さらには現代にまで通ずる日本の戦後教育の課題が見えてくるのではないか、と思う。


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