江原啓之と靖国(2) | ほたるいかの書きつけ

江原啓之と靖国(2)

 前回 のつづき。
 江原啓之『日本のオーラ』の中の、「第六章 靖国問題について ―戦死者の『大我』と参拝者の『動機』」について見てみる。

 まず冒頭、次のように語られる:
 終戦記念日が近くになってきますと、毎年首相や国務大臣の靖国参拝が論議を呼びます。この靖国神社に関する問題について、スピリチュアルに見た場合に、どのような解釈ができるかを語ってみましょう。
 後でみるように、「スピリチュアルに見た場合」もなにもなく、様々な報道で指摘されていることの折衷案的なものが出てくるだけなのであるが、とにもかくにも社会問題について目を向けようという姿勢だけは評価する、と言っておく。

 さて、江原の問題意識は、最初に靖国に祭られている「御霊(みたま)」のうち、「自死」した人々について向けられる。
 (祭神として祀られている)その中には、自死した方も数多くおられます。私は「自殺してはいけない」と主張しています。一概には言えないのですが、自殺したたましいは、幽現界をさまようことが多く、なかなか浄化することができません。では、戦争において自決を選んだたましいも浄化されないのでしょうか。
この後、自死、自決でなくなった方々の例として、神風特攻隊や人間魚雷の乗組員だけでなく、「ひめゆり学徒隊」の話が簡潔に述べられる。そして、その中には、集団自決した人たちもいた、と。また、「樺太で電話交換手だった九名の女性が祀られて」いるとして、彼女らは日本の降伏後、ソ連軍が攻撃してくる中、最後まで日本と連絡を取り続け、最後に自決した、と書く。
 彼ら・彼女らの行為について、江原はこう結論づける。
 こうして亡くなった方々については、「自殺」であるとは、言えません。自ら命を絶つ行為は同じであっても、たましいの視点でみたときに大切なのは、「動機」だからです。
 現代人の自殺の「動機」の多くは、苦難からの「逃げ」であることが多いのではないでしょうか。しかし、先の特攻隊やひめゆり学徒隊の人たちは、死にたくて死んだのではありません。特攻隊であれば「国を守るため」「家族を守るため」に死んでいったわけですし、ひめゆり学徒隊であれば「辱めを受けるぐらいだったら、自ら命を絶つ」という思想が日本にあったわけです。その時代的な背景の中で死なざるを得なかったのと、「自殺」とではまるで意味が違います。
そして、亡くなったたましいが浄化できるかどうかは、どれだけ現世に執着を持つかによるのである、と述べている。
 ここには多くの問題点があるが、まず「死にたくて死んだのではありません」と言うのであれば、なぜそれでも死なねばならなかったのかを追及すべきだろう。「○○を守るため」あるいは「辱めを受けるくらいなら」という理由が語られているが(実際それを口実に「自死」に追いやられたわけだが)、「~という思想が日本にあったわけです」とまるでそれが自然物であるかのように語るところが罪深い。その思想を植えつけたものの責任、というのがあるわけである。それを抜きに、まるで崇高な動機で自ら死を選んだ、かのように書くのは、つい最近判決の出た「沖縄『集団自決』裁判」の原告側の論理と同じであろう。
 ついでに現代人の自殺の多くが「逃げ」であるというのもかなり一方的な決め付けであると思うが、それはここではおいておく。
 そして、「実際、私も沖縄に行って、ひめゆり学徒隊が自決した壕も見に行きましたが、未浄化のたましいは視ませんでした」と言う。
 沖縄の実態を上のように単純化して、その上で未浄化のたましいは視なかった、などと言うのは、結論先にありき(『自死』は崇高な動機に基づくもの、という)のものでしかない。

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 ちょっと長くなってきたので、続きはまた次回。
 あと2,3回は必要な気配。(^^;;