訴訟の目的は…? | ほたるいかの書きつけ

訴訟の目的は…?

 昨日のエントリ に関連して、「集団自決」訴訟が起こされた目的であるが。どうも、本当に、勝訴が目的ではなく、裁判自体を起こすことで、教科書を書き換えるのが目的であったらしい。碧猫さんのこちらのエントリ で述べられているが、自称関係者(原告側の)が「目的はすでに達せられたんだ」とおっしゃってます。リンク先にあるように、確かに原告側は裏で文科省と連絡を取り合っていたとしか(あるいは第三者を通じてか)思えないような発言を堂々としている。
 
 もちろん原告の方々自体はまわり(稲田ら)に乗せられてしまい、本気で勝つつもりだったんだろうけど(敗訴の判決に相当落胆した様子が報道からは伺える)、乗せた方はそんなのどうでも良かったってわけだ(あわよくば勝とう、程度だったのかしらん。このあたりはもちろん推測するしかありませんが)。
 なんというか、やり方が汚いよね。「訴えられた」という事実を作っておき、判決が出る前に教科書を書き換えさせる。書き換えに成功したら、あとはどうなってもいい(いや、支援者の多くはそうでもないんだろうけど。たぶん)。

 文科省は、多くの抗議によって、教科書会社からの「訂正の申請」という形をとって、軍関与について認めるような修正を受け入れたけれども、検定意見の撤回には頑として応じていない。
 さて、この判決を前に、どうするのでしょうね。検定意見の根拠は、事実上この裁判だけだったのだから。最高裁まで突っ張るのだろうか。

 こうなると、もう検定制度自体が教育に悪影響を与えているというのが明瞭なので、検定制度もなくしてしまったほうがいいのではないかな。