神亀酒造 ひこ孫、神亀

埼玉県蓮田市産の名酒

日本酒の名産地として思い浮かぶのはどこでしょうか?
新潟・伏見・灘・秋田・福島と美味い米と水のあるところが出てくると思います。

ところが、関東は埼玉県蓮田市に全国の地酒好きが好む酒蔵があるのです。
最近でこそ当たり前になってきた米と水だけで作った昔ながらのお酒「純米酒」
神亀酒造は、他の蔵に先駆けて生産する全ての酒を純米酒にした酒蔵です。

ひこ孫・神亀は冷より常温や燗が旨い。
ひこ孫は三年熟成ののちに出荷される古酒。
しっかりと作られ熟成された酒は、ブリやマグロ・肉などの脂の多い料理と一緒に飲むと
その脂を洗い流してくれるようにさっぱりとする上に味わい深さがまします。

全量純米蔵を目指す会 神亀酒造
福岡久留米の純米酒「独楽蔵 (こまぐら) 」

深い味わいを持つブランデーやウイスキーに共通する旨みを持つ酒

47都道府県の中で新潟・福島・宮城・秋田という東日本の米どころ・酒どころを差し置き大好きな日本酒。


5年間熟成された古酒は、注ぐと透明ではなく少し黄色味がかかった色をしているため、
酒の色が分かるお猪口で味わってもらいたい。
その色は、見るだけで豊かな味わいを想像させ、芳醇な香りが馥郁と辺りに漂う。

そして一口味わうと日本酒の想像を超えた深みのある味わいが舌の上でとろけて、
甘さ・芳醇・香ばしさが一体化して口の中で膨らみ続ける。
初めて飲んだ時には、その衝撃にこれは本当に日本酒なのかと驚いたことをはっきりと覚えている。
ウィスキーやブランデーは古いお酒がおいしいと知っていたが日本酒の古酒を飲んだのは初めての体験で、
飲むのではなく食べてしまいたいくらいの美味な味だった。

さっぱりとした味わいを望む方には合わないかもしれないが、旨い・美味い酒をじっくりと味わいたい方はぜひ試して欲しい逸品。

日本酒は美味しくない。アルコール臭いと、好きではない方も騙されたと思って飲んでみて欲しい。
これまでに飲んだ日本酒は何だったのだと衝撃を受け、
日本酒の幅の広さ・味わい深さに目覚めるかもしれない。

独楽蔵 (こまぐら)

$日本の逸品 和風の美の素晴らしさ
北畠顕家-その1-

【概要】
時代:鎌倉時代 - 南北朝時代
生死:1318年-1338年
墓所:北畠公園(大阪市阿倍野区)
官位:従二位・参議・右近衛中将・鎮守府大将軍
    権中納言、贈従一位・左大臣
主君:後醍醐天皇
父母:父:北畠親房
子 :北畠顕成、村上師清、北畠師顕、安東貞季室

鎌倉~南北朝初期にかけて大活躍した名将
公家に生まれながら東北の豪族を従え、征夷大将軍足利尊氏を恐れさせた男
統率力・知性・武勇すべてに優れながら僅か20年を炎のように生きたその生涯は悲劇と呼ぶにふさわしい。

【戦う公家から戦わない公家へと変化】
聖徳太子の時代には、槍や刀を持って自ら戦っていた皇族・公家達も時代が下るにつれ、
戦いや警備の役割は、穢れとして身分の低い者達の仕事だと考えるようになってきました。
しかし、武力なくして統治はできず=いつしか朝廷や公家が警備や戦いを任せた者達。
すなわち武士の力が増してくることになり遂には鎌倉幕府の誕生による武家政権が誕生したのです。

【麒麟児誕生】
そして時代が変わり鎌倉幕府が滅びる時期、時代が乱世となった時期に一人の麒麟児が公家に生まれたのです。
生年の1318年は鎌倉時代で執権「北条高時」の元、幕府の屋台骨がぐらつきかけていた時代でした。

北畠家は、村上天皇の皇子を祖とする公家の名門として栄えた一族で、父の北畠親房は、後醍醐天皇の信任厚く、また後の吉野朝廷を支えた一人として名が残り彼もまたひとかどの人物でした。

【陸奥の国】
北畠顕家は若年の頃から、文武兼備の人物として朝廷内で期待され、弱冠15歳の身で従三位陸奥守に任命、1334年には後醍醐天皇の皇子(義良親王:後村上天皇)を奉じ親房とともに陸奥国多賀城で東北地方を治め始め、翌年には鎮守府将軍に任じられているように平定は順調に進んでいたと想像できます。

鎌倉幕府の討幕後に始まった建武の親政では、急きょ権力を握った朝廷が武士より公家、公家より皇族を優先した事から武士の不満が足利尊氏に集まる中で、朝廷の力を地方に植え付けるために後醍醐天皇の皇子を各地に派遣し、朝廷勢力の強化を図っていた。
顕家の東北派遣もその一環

そして、ここから怒涛の北畠顕家の進軍が始まるを告げる。