「……婆さんや、ちょっとこっちに来て座りなさい」
「……とりあえずiPhoneはしまいなさい。大事な話がある」
お婆さんは「ちっ」と舌打ちをしながらも、お爺さんの前に座りました。
「婆さんや、これで2度目だなあ」
「何がです?」
「……溺れているわしを見捨てたのが、じゃ」
「ええ、まあ」
「そんななんでもないことみたいに……それから指を鼻の穴から抜きなさい」
眉間にしわを寄せつつも、鼻の中で獲物を追い求めていた左の小指を抜き、お婆さんは言いました。「なんなんです?いったい」
「なんなんですって……仮にも長年連れ添った配偶者が溺死しかけているのに、ガン無視して帰るのは人としてどうなんですか!」
「そんなもんは溺れる方が悪い。溺れなければなんの問題も起こらんかった。だから悪いのはあんた」
お婆さんは、壁に泥団子でも投げつけるように言いました。
「そもそもおかしな話じゃないですか」
「……なにがじゃ」
「なんであんたは山へ柴刈りに行って川で溺れて帰ってくるみたいな器用なことが出来るんですか」
「む!そ、それは……」
「え?一体なんであんな所で溺れていたんですか!?」
お婆さんは少しの間ふがふがしどろもどろしていたのですが、何かを決意したような表情で口を開きました。
「それを、きいてしまうのだな?」
「ええ、きいてやろうじゃないですか!」
まったく興味無いけど。という言葉は飲み込みつつ、お婆さんはお爺さんの目をキッと睨みました。
しばしの沈黙の後、お爺さんは重い口を開きました。
「あれは、わしがまだ化粧品のセールスをやっとった頃の事じゃ……」
つづく?