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【金融・銀行】「連邦準備制度」と「第一次世界大戦」

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【金融・銀行】「世界大恐慌」と「第二次世界大戦」

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我々国民の身近にある『銀行』とはどんな組織なのか?

 

「連邦準備制度」は、ナゼ設立されたのか?

「第一次世界大戦」は、ナゼ起こったのか?

 

両者には密接な関係があった!

 

 

●1907年金融恐慌

 
1907年10月、アメリカで金融恐慌が起こった。1906年に制定された「アームストロング法」による資金移動が主な要因となったと言われている。自分の資産の安全を心配した多くの国民が銀行の預金を引き出した事で、現金が不足し、多数の銀行が次々と破綻していった。
 
 
金融恐慌を仕掛けたのは、JPモルガンロックフェラーら国際金融資本家たちだった。企業を乗っ取って買収するためであり、まさに茶番劇であった
 
そんな金融危機の茶番劇を演じた主役が、モルガン財閥の創始者であるJPモルガン(ジョン・ピアモンド・モルガン)である。私財を投入する事で金融恐慌は止められた。
 
 
●秘密会議 ~ オルドリッチ法案否決
 
1910年11月22日、モルガン所有のジキル島(ジョージア州)で「秘密会議」という文字通りの密室極秘会議が10日間行われた。
 
参加メンバーは、JPモルガンのビジネスパートナーでもあるネルソン・オルドリッチ(共和党上院議員)を通貨委員会の委員長とし、JPモルガンと関わり合いのある国際金融資本家ら6名であった。6名の資産の合計は、世界の総資産の6分の1を占めていた。
 
会議の理由として「金融恐慌を防止するための銀行制度改革」と謳っていたが、実際は、中央銀行を設立する計画をしていた。
 
そして、
・「中央銀行」という名前を使わない
・独立した地域支部をワシントンで管轄する
・単一通貨を創造して管理する
という事で、オルドリッチが、いわゆる「オルドリッチ法案」を提出した。
 
ところが、野党の民主党や改革派から激しい反対を受け、廃案に追い込まれてしまった。やがて、共和党は野党へと下野してしまい、過半数も割ってしまった。そこで国際金融資本家たちはすぐに次の作戦に出た。
 
 
●タイタニック号の沈没事故
 
1912年4月14日深夜、タイタニック号が沈没事故に遭った。
 
ジェームズ・キャメロン監督の映画で有名な、あの「タイタニック号」だ。
 
 
このタイタニック号は、White Star Line社が所有していたが、実質的なオーナーはJPモルガンであった。
 
JPモルガンはタイタニック号に搭乗する予定だったが直前にキャンセルし、私的な貨物も同様にキャンセルしている。
 
White Star Line社が財政難で、タイタニック号の保険金を得るために故意に沈めたとする説があるようだが、真相はよくわからない。
 
 
●大統領選挙
 
「オルドリッチ法案」を野党の民主党によって廃案にされた国際金融資本の次なる一手が、与党になった民主党から大統領を選出する事であった。
 
当時の大統領だったウィリアム・タフト(共和党/第27代米大統領)は国民から非常に人気があり、再選は確実視されていた。
 
一方、法案を通したい国際金融資本家たちは、民主党からウッドロウ・ウィルソンを担ぎ上げたが、立候補したところで落選は確実視されていた。
 
そこで、国際金融資本家たちは、金融恐慌時の大統領であったセオドア・ルーズベルト(第26代米大統領)を引っ張り出した。ルーズベルトは、タフト政権に不満を持っているフリをして共和党を離党し、進歩党(革新党)を結成して立候補した。ルーズベルトもまた、JPモルガンの操り人形だったのだ。
 
 
1912年11月5日の大統領選挙の結果、共和党支持者の票がタフトとルーズベルトで二分し、ウィルソンは漁夫の利を得て当選し、第28代米大統領に就任した。大統領選挙は、完全なる出来レースだったのだ。
 
 
●特別会期召集 ~ オーウェン・グラス法案可決
 
ウィルソン大統領は、就任式直後に、特別会期を召集し、保護関税の撤廃を行った。
 
1913年2月3日に、「アメリカ合衆国憲法修正第16条」が批准され、ほぼ制限のない所得税を導入した。
 
1913年3月31日に、JPモルガン(ジョン・ピアモンド・モルガン)が死去。業務はモルガンJr(二代目)に引き継がれた。
 
1913年4月8日に、「アメリカ合衆国憲法修正第17条」が批准され、州民による直接選挙によって上院議員が選出されるようになるなど、選挙のルールが大きく変更された。
 
この二つの批准も実は前述の「秘密会議」で議論されていた事だった。国際金融資本家たちは各州の財政力や政治力をパワーダウンさせる事に成功した。これは、後述の「連邦準備制度」のための用意周到な下準備となった。
 
 
その後、ロバート・オーウェンとカーター・グラスが「オーウェン・グラス法案」という、前述の「オルドリッチ法案」とほとんど同じ内容の連邦準備法案が共同提出された。
 
オルドリッチは激しく反発したが、もちろん茶番劇を演じていた。彼らにとって、法案の名前や過程などどうでもよく、後述の「連邦準備制度」を設立させる事のほうが遥かに重要だったからだ。
 
1913年12月23日、上院議員の大半がクリスマス休暇で不在だった隙を突き、ウィルソン大統領は「オーウェン・グラス法案」に署名、あっさりと法案が通った。

これが、アメリカに「連邦準備制度」(FRS)という「中央銀行制度」の法律が設立された経緯である。

 

1694年7月27日に初の中央銀行である「イングランド銀行」が、1882年10月10日に「日本銀行」がそれぞれ設立された事を考えると、アメリカは大きく後れをとっていた事になる。

 

 
 
●連邦準備制度 (Federal Reserve System=FRS)
 
 
「連邦準備制度」(FRS)とは、アメリカの「中央銀行制度」である。「連邦準備制度理事会」(Federal Reserve Board=FRBが、アメリカ国内に12行ある「連邦準備銀行」(Federal Reserve Bank=FRB)を統括する中央機関となった。ウォール街がお膝元のニューヨーク連邦準備銀行がメインとなっている。
 
なお、"準備"とは、「預金準備制度」を意味する。
 
 
 
FRBの大株主は、少なくとも当時は、JPモルガン&カンパニー(現在のJPモルガン・チェース)やロスチャイルド銀行らが名を連ねていた。
 
「連邦準備制度理事会」は、アメリカ政府機関ではあるが、アメリカ政府は1株も所有しておらずFRBは100%民間金融企業の出資によって成り立っている。
 
「連邦準備銀行」は、株式を発行する法人であるが、各連邦準備銀行によって管轄される金融機関が出資(=株式の所有)の義務を負っている。また、個人や非金融機関の法人は連邦準備銀行の株式を所有できない。
 
 
第一次世界大戦後、基軸通貨は、機能面ではほぼ「米ドル」になった。
そして、「通貨発行権」FRBの大株主が握っている。(アメリカ政府ではない)
 
つまり、基軸通貨となった米ドルを刷れるFRBが、事実上、世界中の通貨供給のシステムを作り上げていったのである。
 
FRBが米ドルを刷った分だけ、政府側は「米国債」を発行する事になり、そして借金していく。そして、その返済は企業や国民が負担する事になる。その時のために導入されたのが前述の「所得税」だ。だが、国債金利が上昇すれば、政府や国民が疲弊するばかりだ。
 
 
FRBの設立によって、国家政府のチカラを遥かに上回る金融権力という闇の政府『Deep State』が出来上がり、税金で一般企業や一般国民からカネを吸い上げる詐欺システムが完成した。
 
「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすればだれが法律を作ろうと、そんな事はどうでもよい。」という、ロスチャイルドの言葉通りとなったのだ。
 
これが「中央銀行制度」の正体だ!
 
 
FRBは、銀行改革を主導したモルガンら国際金融資本家たちにとっては都合の良いATMのような存在となった。

これは、半年後に開戦される「第一次世界大戦」の軍事資金を調達するためでもあった。文字通りの"準備"制度か。
 
 
●現在のFRBの大株主
 
現在、FRBの大株主も、当時とさほど変わらずで、JPモルガン・チェースが中心となっている。
 
大株主について、2008年10月16日に、日本の国会でも取り上げられた事がある。大塚耕平議員(日本銀行出身)と中川昭一財務大臣(日本興業銀行出身)。
・Youtube動画(2013.05.01)
 
 
●第一次世界大戦 (World War I)
 
1914年7月28日~1918年11月11日の4年3ヶ月の間に起こった世界規模の戦争である。

 

最終的な対立構造は、「連合国 vs 中央同盟国」。
・連合国…イギリス、フランス、ロシア、大日本帝国など
・中央同盟国…ドイツ、オーストリア、ブルガリア、オスマンなど
 
 
世界中では軍需産業が栄えていった。そして、ウォール街の金融企業が暗躍していた。
 
「この戦争は、アメリカにとって、とてつもなく大きなチャンスになるはず。」
 
ウォール街の金融企業にとって、戦争とは莫大な利益を得るための手段だった。モルガンJrは、FRBに戦時国債を発行させ、連合国に15億ドルもの巨額の戦費を貸し付けた。
 
 
そして、連合国の旗色が悪くなると、戦費回収の危機を感じたウォール街の金融企業は、アメリカ軍の参戦をウィルソン大統領に訴え、圧力を掛けた。
 
また、ロシアにも何十億ドルもの支援をしていた。これが「ロシア革命」(2月革命)も引き起こす原因となり、ロシアは第一次世界大戦から抜けた。
 
1917年6月、中央同盟国ドイツの無差別攻撃を受けた事で、アメリカ軍は戦争に参戦。ヨーロッパへ向かった。
 
1918年4月1日より、ウォール街の集会で自由公債募集のツアーが行われた。チャールズ・チャップリンやメアリー・ピックフォードらハリウッド俳優が担ぎ上げられ、戦争協力を叫び、国民から資金を募った。
※但し、チャップリンは反戦主義者で、ツアーには乗り気ではなかったようだが、これがプロパガンダ映画「公債」の製作の基となった。
 
 
 
この時、アメリカでは、国内労働力の25%が軍需産業に従事するようになっていた。そのため、一時的に経済的活況を見せた。
 
潤沢な戦費によって連合国は勝利し、1918年11月11日に「ドイツと連合国の休戦協定」が締結された。
 
 
●第一次世界大戦後
 
しかし、アメリカの国内経済は一転して不況となった。そこで、またしてもモルガンJrが出てくる。
 
1919年1月18日、パリ講和会議にて、モルガンJrはウィルソン大統領をも遥かに凌ぐ発言力を発揮し、敗戦国ドイツに巨額の賠償金を要求した。(ウィルソン大統領は反対していた)
 
1920年代初頭のドイツのハイパーインフレを引き起こしたのはモルガンだった。物価は戦前の1兆倍に膨れ上がり、生産力は低下し、失業者は増大した。ドイツの通貨「マルク」はただの紙切れになってしまった。
 
 
戦争で負けた"敗戦国"が、その後どういう運命を辿ってしまうかを顕著に表している。
 
この後も対立関係は残り、後の第二次世界大戦の要因へと繋がっていく。
 
 
●「1907年金融恐慌」と「第一次世界大戦」の背後勢力
 
これらの背後には、戦争を引き起こす事によって莫大な利益を得る国際金融資本家と、兵器を製造する軍需産業の存在があった。いわゆる「軍産複合体」だ。
 

・「1907年金融恐慌」と「第一次世界大戦」は、国際金融資本家によって"意図的に"引き起こされた。

・「1907年金融恐慌」と「第一次世界大戦」は、国際金融資本家にとって"金儲け"の手段だった。

・国際金融資本家は、莫大な利益を得る事に成功した。
・国際金融資本家は、FRBを設立して、通貨発行権を手にする事によって通貨供給量をコントロールできるようになった。

・戦争の本質は、思想でも感情でもなく、「金融」そのものであった。

 

 
そして、この事が、後の「第二次世界大戦」の要因へと繋がっていく事になった。
 
 
 
★現在の世の中のカネの仕組み
 

世の中カネだよ、カネ!

(お金がなかったら何もできないし、食っていけない)

 ↓

最も決済取引に使われている通貨は「米ドル」

(基軸通貨は「米ドル」

 ↓

米ドル紙幣を発行しているのは、「連邦準備制度理事会」(FRB)

(アメリカ政府ではない)

 ↓

FRBの株主は、金融企業が計100%

(FRBは中央銀行ではなく民間企業。役割は中央銀行と同じ。)

 

金融企業が世のカネを支配する構造。

 

これが事実だ!

 

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