水曜日の朝、用事があってSt Johns wood 駅に立ち寄って(顧客と会って)から自分の働くオフィスへ移動。
セントジョンズウッドの駅も古い佇まいが残っていて大好きな駅の一つ。
ロンドンは世界で初めて地下鉄ができた国でもあるので、歴史は古く、地下鉄の駅もそのまま使われているため、構造的にエスカレーターやエレベータが導入できないところが多いので、旅行者は重いスーツケースを階段でしか運べないので本当に大変だと思います。
なんでも建物を取り壊して近代化せず歴史的建造物としてキープする努力をするのがイギリスのいいところ。(ヨーロッパもですが)
優しい人が多いので重いスーツケースを苦労して階段で運んでいても誰かしら男性がさりげなく地上まで運んでいくれます。💗
日本からイギリスに遊びにきてくれる友人たちがロンドンでみんなそれを経験しているので、重いスーツケース運びを手伝ってくれる男性に目が💕💕になっていました。
私は結構、地下鉄構内ですべって転ぶことがあるのですが💦、そんな時は、男性が腕をつかんで起こしてくれたり、抱きかかえて起こしてくれたり、女性たちも大丈夫!?って寄ってきて服についた汚れなどを叩いて払ってくれたりします。( ;∀;)
書店に行くとロンドンの地下鉄の歴史本とか写真集とかが並んでいるので書店に行くと必ず立ち読みをします。YouTubeでロンドン地下鉄の歴史を検索して動画を観たりするのも大好きです。
ロンドンでは今は利用していない閉鎖してしまった(unopned station)駅が81駅もあり、(だいたいが新しいルート変更のため)地下鉄構内で閉鎖されているものがほとんどですが、中には地上の駅が閉鎖されているところもあり、地上に入口があって閉鎖されている駅めぐりなどのツアーなんかもあります。。
ロックダウンが明けたらこの地上にある封鎖されている駅めぐりツアーに参加したいなあと思っています。個人的に地下鉄好きのコミュニティが集まって開催しているようなツアーです。
また、イギリスしかりロンドンは歴史的な建物がたくさんあるので、グループで歴史的建造物めぐりをするツアーなどもあります。これも個人的趣味で開催しているツアーなどでパブリックでは公開していないので、ネットでコミュニティを探して参加するって感じです。これもロックダウンが終わったら、参加したいと思っております。
2020年9月7日にロンドン乗り物博物館がオープンしたのですが、ロックダウンでミュージアムも開いておらず、まだ行けていないので、ロックダウンが明けたらロンドントランスポートミュージアムも行く予定です。
ロックダウン後はやりたいこと、行きたいこと、見たいところが満載で待ち遠しいです。
海外や国内旅行は当面制限がかけられるので地元やローカルで楽しめるものを探してエンジョイしたいと思います。
ロンドン地下鉄の資料によると
ロンドンの地下鉄は、1863年1月にPaddington(Bishop's Road)〜Farringdon( Farringdon Street)間6駅6kmで、世界初の地下鉄(メトロポリタン鉄道)として開業した。
産業革命以降にロンドンの人口が増大し、郊外からの通勤者を輸送する鉄道が整備されたものの、都心部の建物密集地帯に乗り入れられないことから、地下を走行する鉄道として計画され、開削工法により建設されたものである。
開業当初は、蒸気機関車によって牽引されていたため、排煙対策が大きな課題であった。その後、1890年には現在のノーザンラインで電気機関車牽引による運行が世界で初めて開始されたのに続き、1898年開業のウォータールー& シティラインでは電車による運行を開始し、それ以降は電車による路線延伸が着実に進められてきた。
日本の地下鉄の開通は1917年、早川徳次(日本の地下鉄の父)によって申請されたものである。
早川は大正3年(1914年)に国際事情視察の為、欧州を訪問し、イギリスのロンドンにおいて地下鉄が発達しているのを目の当たりにし、またスコットランドのグラスゴーの地下鉄ではゆとりを持った乗車(乗車できるのは座席数に加えて4人まで)が実際に行われているのに衝撃を受け、これからは東京にも地下鉄が必要だと考えるようになる。
初めは公共交通として鉄道省や自治体に建設を働きかけたものの、早川の先見性は理解されなかった。東京の軟弱な地盤の地下に構造物を建設することについて、技術的・資金的に無理だと判断されたことや、事業として成り立つか不透明であったことが要因だった。やむを得ず私営での建設を決意し働きかけるも、同様に理解はほとんど得られなかったが、数少ない理解者に後藤新平や、大隈重信ら早稲田系の人脈、渋沢栄一がいる。
早川は東京市橋梁課の地層図を取得し、東京の軟弱な地盤は地表から210メートルから240メートル程度に過ぎず、その下には固い地層があることを確証する。また、早川は豆を使った交通量調査を行い、その結果から事業として十分成り立つことなどを説得材料に、苦労を重ね少しずつ賛同者を募り投資家や金融機関への粘り強い説得を行った。
1919年(大正8年)11月17日にはついに鉄道院から地下鉄道免許を「東京軽便地下鉄道」として取得し(この免許の条文に『東京市が地下鉄を買い取る時には、それを拒めない』という文言があった)、大正9年(1920年)8月29日に創立総会が紛糾する場面があったものの、東京地下鉄道株式会社を設立する。社長には工学博士の古市公威が就任し、取締役には根津も名を連ね、早川は常務取締役に就いた。大正14年(1925年)9月27日に浅草 - 上野の地下鉄工事を開始する。
日本の地下鉄は開通するまでに色々とあったのだろうと推測できます。
日本の鉄道技術もイギリスから来たものですが、地下鉄もロンドン地下鉄からの影響により建設されたものなのでうれしくなります。
地下鉄とは関係ないですが、当たり前にある白い灯台も江戸時代までは木造の灯台だったのですが、スコットランドのブラントン兄弟が日本に訪れ、現在の灯台の技術提供ならびに建設に携わり日本現在の白い灯台に変わったという歴史もあります。
イギリスと日本はいろんな意味で関係が深いのでうれしくなりますよね。(三浦按針しかり。。)
これはキングスクロス駅の地下鉄から鉄道側への連絡通路の写真です。とってもアートな感じで素敵です。








