年金制度には支給額が一定の割合で減るかわりに、本来の支給開始年齢よりも早く受給できる制度があります。これを「繰り上げ」と呼びます。また、その逆で支給開始年齢を遅らせるかわりに、一定の割合で増額される「繰り下げ」というものもあります。果たしてこの「繰り下げ」制度を利用すると得なのか損なのか、そんな疑問を持ったので考えてみました。
 
 ここでは老齢基礎年金を用いて計算しています。厚生年金などは計算対象とはしていません。支給額は今後も変動するのと、間違いがあるかもしれませんので参考までに読んでください。


 


 現在老齢基礎年金の満額は79万2100円であり、65歳から支給されます。繰り下げの制度を利用していないこちらは、としておきます。


 さて、年金の繰り下げは最高5年まで可能であり、この時42%の増額になります。支給額は端数処理して112万4800円となり、これが70歳から支給されることになります。こちらはBとします



 Aの年金支給開始から10年後(75歳)には、Aは792万1000円、Bは5年分もらっていませんので562万4000円が支払われた計算になります。このように計算していくと、単純計算で65歳の支給開始から7年後の82歳で逆転することとなります。(82歳到達時点でA:1346万5700円、B:1349万7600円。より厳密には、81歳11月頃に逆転)



 82歳というと、ちょうど女性の平均寿命でなかったかと思います。男性は女性よりも少し短いので、男性が繰り下げをすることは統計的には損をすることになります。



 しかしながら、65歳到達時点でのあとどれくらい生きられるのかを意味する平均余命は男性が18年、女性が23年となっており、男性でも83歳までは年金を受け取れる計算になります。こちらの要素では男女ともに得をする制度と言えるでしょう。年金財政でも平均余命は重要ファクターになっています。



 以上から、繰り下げたほうが得する可能性があるといえます。これからも寿命は延びていくでしょうし。


 ただ、実際問題として老齢期に5年間も年金収入がないというのは、よほどの資産を持っていない限りは困難であると私は思います。年金制度はこれからも制度改正が連続するであろうことは、国も認めているところです。この繰り下げも、今後どうなるかはわかりません。私は今20代ですが、年金をもらえるのは70歳から、なんてのが十分ありうると考えています。介護保険料だって徴収年齢がいつ引き下げられるか、わかったもんじゃないです。


 まあ、命をタネにして、ちょっとした丁半博打を打ってみるのも一興かと。

 出産手当金とは一体どのような制度なのでしょうか。傷病手当金でした説明と重複する部分が多いので、詳しいことは省略します。



 まず支給対象者です。受給できるのは、健保の加入期間中に出産した女性被保険者(任意継続・特例退職被保険者を除く)のみとなります。ただし、一定の要件を満たせば、退職後に出産した場合でも支給されます。


 1日あたりの支給額は標準報酬日額の3分の2であり、これは傷病手当金と同じです。出産手当金は産前42日、産後56日の合計98日が支給されますので、仮に標準報酬日額が1万2000円の被保険者がいれば、その3分の2の8000円×98の78万4000円が支払われることになります。


 ただし、出産手当金の支給対象となるのは、あくまでも「労務に服さなかった期間」ですので、出勤した日や有給を取得した日のように、出産手当金の日額よりも事業主から支払われる報酬が多い場合は不支給となります。また、請求期間にかかる報酬が支払われていれば、その分が支給額から控除されます。


 ちなみに、傷病手当金で支払いの対象となるのは「労務に服することができなかった期間」です。意外と間違えやすいところですね。



 さて、ちょっと労働基準法と出産手当金の関係に触れます。労基法第65条では、使用者は6週間(42日)以内に出産する予定の女性が請求した場合は、就業させてはならないとしています。つまり、産前期間は女性が請求しない限り、休ませる義務はどこにもないわけです。
 
 一方、産後8週間(56日)については就業させてはならないしているように、請求した場合という文言はありません。したがって、請求の有無に関わりなく働かせることは違法となります。
 ただし、出産した女性が請求し、かつ医師が支障ないと認めた場合は産後6週を経過してからは就業させても良いとされていますが、それでも産後6週間は絶対的就業禁止期間として就業が禁止されています。


 産前は休むために、産後は働く場合に請求をする必要があるんですね。
 今回から出産手当金についても書いていきたいと思います。


 まずは健康保険法を見てみましょう。出産手当金は102条に規定があり、

 『第102条 被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前42日(多胎妊娠の場合においては、98日)から出産の日後56日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金として、1日につき、標準報酬日額の3分の2に相当する金額(その金額に、50銭未満の端数があるときはこれを切り捨てるものとし、50銭以上1円未満の端数があるときはこれを1円に切り上げるものとする。)を支給する。』 とされています。


 出産手当金は傷病手当金と同様に、健康保険法制定当初から法定給付とされていました。傷病手当金と同様に、労務に服することのできない出産の前後の期間について、所得補償をすることで生活を安定させることを目的としています。


 かつて、女性労働者の保護規定は工場法施行規則等に設けられていましたが、それは産前産後の就業禁止措置の規定でしかなく、生活費に関する規定は何もありませんでした。しかし、就業禁止規定のみでは出産を安心して行うことが極めて困難であることから、健康保険から給付を行うことで女性労働者の保護を図ることになりました。


 制定当初の給付期間は産前28日、産後42日以内でした。現在と比べれば約1月分短いことになります。これは昭和21年に産前の給付が42日に改められた以外、長らく改正されることはありませんでした。


 やがて、日本経済の急速な発展と女性の社会進出によって、男女雇用機会均等法や労働基準法などの労働関連法令の整備が進みました。それに対応する形で、昭和60年の労働基準法改正に合わせて、多胎妊娠については産前が70日、産後56日に延長されました。平成4年には単胎妊娠も産後56日の給付期間となりました。また、予定日よりも出産が遅れた場合、その相当期間も加えて支給することとなりました。


 平成9年に再度労働基準法の改正があり、翌年の平成10年4月1日から、出産手当金も現在の産前42日(多胎妊娠は98日)、産後56日のうち労務に服さなかった期間支給されることになりました。


 また、健康保険法制定当初は出産に関する保険給付には一定の資格期間が求められていましたが、昭和19年に実質的に消滅し、昭和23年に法律上の規定も削除されました。

 傷病手当金の支給額も数回の見直しがされています。

 

 制定当初から平成19年3月まで、傷病手当金の支給額は長らく標準報酬日額の6割とされてきました。そもそも、この6割と定めた根拠はなんだったんでしょうか。



 根拠は当時の農商務省が大正12年に行った調査に基づいています。ここでは重要な工業地帯において労働者家計調査を行い、結果として報酬の7割あまりが衣食住の必要不可欠な生活費として使われていることがわかりました。

 

 なぜそのまま7割支給にならなかったかといえば、労働者の家庭では被保険者以外の家族による労働収入を得ていることが多いということがわかり、これを考慮して6割が妥当であろうと考えられたためです。




 平成6年の法改正前は被扶養者のいない被保険者が入院している場合、傷病手当金の支給を4割に減額するという定めがありました。被扶養者がいない被保険者が入院していれば、その者の生活はほぼすべて病院において営まれることになります。


 当時は食費や光熱費といったものも保険者が負担していたため、通常の生活に必要な費用が被扶養者のいる被保険者よりも軽減されると考えることができます。そこで被扶養者の有無に関わらず同率の支給を行うことは、所得保障と生活保障である傷病手当金では避けるべきであるとなったわけです。




 ところがこの時の法改正により、食事代などは新たに入院時食事療養費などとして療養の給付から分離し、一定額の自己負担を求める方式に変更されました。そのため、この減額措置も行う必要性がなくなって廃止されました。



 平成19年4月からは、任意継続被保険者に対する給付が原則廃止(例外規定あり)のと同時に、支給額が3分の2に引き上げられました。これは賞与の分を上乗せした、という形になっています。

 



 なんで平成15年の総報酬制導入時にやらなかったんでしょうかね。

 『傷病手当金の現実』の続きになります。


 さて、傷病手当金は現在1年6月が支給期間となっていますが、昔からこうだったわけではありません。他の制度と同様に、健康保険法も度重なる改正が行われています。


 健康保険法の制定は大正11年までさかのぼります(関東大震災や事業主の抵抗などがあったため、施行は昭和2年から)。現在の健康保険法と大きく違うのが、当時は労災が無かったため、業務上のケガや病気も健康保険の支給対象となっていたことが挙げられます。


 傷病手当金も制定当初から存在していましたが、この時の支給期間は180日とされていました。


 前の記事で触れたように1年6月は短いと述べた人がいますが、かつては原則半年しか受給できなかったわけです。理由として、日本人がかかる疾病の種類(結核→癌、脳卒中など)が大きく変わったこと、不治の病、あるいは正体不明だった病気でも医学の進歩によって治療や延命が可能になったことが考えられます。

 一度病気にかかったら、「治る」と「死ぬ」の二者択一だったので、長く給付する必要がなかったんでしょう。病気も慢性疾患ではなく、急性疾患が中心でした。治療法の未確立だった精神疾患者の多くが、死ぬまで隔離されていた時代でもありました。


 結核性疾病については新たに昭和14年に180日加入している者に限って、任意給付として1年にいたるまで支給することが認められました。その3年後には3ヶ月以上の資格期間を条件として法定給付となり、資格要件も昭和19年に廃止されました。そして昭和23年から、給付期間は1年6月と定められました。これは現在も健保の日雇特例被保険者に対する給付にも残っていますね。


 最終的に、支給期間は昭和52年の法改正によって、現在のようにすべての傷病で1年6月となりました。ちょっと変わった規定として、療養の給付開始後3年を経過した時は、1年6月の法定満了を迎える前であっても傷病手当金を打ち切ることとされていた時期があります。これは昭和55年に廃止されています。労災を意識した規定だったのでしょうか?


 疾病構造の変化に対応して、この1年6月を延長すべきではないかとの主張は、国会議員の中からも出されています。 しかし、今後しばらくは傷病手当金の支給期間が延ばされる可能性は、私はかなり低いと思います。健保財政の悪化が最大の理由です。今後も傷病手当金の申請は増えることはあっても、減ることは労働人口自体が大きく減少しない限りはありえません。今回の金融危機によって、精神的に追い込まれる人が増加することも考えられます。



 ホント、どうしたらいいんでしょうかね・・・・・・。
 『うつ病などの精神疾患が1年半で治ると考えるのは、弱者切捨てである。』


 これはうつ病で1年6月間傷病手当金を受給し、法定満了を迎えた人の話です。

 後半部分はさておき、私は精神疾患が1年や2年で治れば幸運なほうなのではないか、と思います。

 

 さて、傷病手当金申請の原因傷病の割合をご存知でしょうか。健保によって違いはありますし、そういった数字を見つけられなかったのですが、間違いなく過半数を占めるのが精神疾患でしょう。


 私の知っている範囲では、地質測量関係の総合健保では約55%の傷病手当金が精神疾患によるものです。公務員も精神疾患による休職が非常に多くなっており、人事院が行った調査 によれば63%の公務員が精神疾患を原因として休職しています。
過酷な業務が多いとされるIT業界のある健保にいたっては、8割弱にもなります。



 かつて精神疾患で休職し、傷病手当金を申請することは非常に珍しいことでした。先ほどのIT業界の健保では、昭和60年代の傷病手当金の申請件数は年間200~300件程度、精神疾患の割合は数%程度でした。
 しかし、申請件数・精神疾患の割合は年を経るごとに一貫して増加していきました。特に2000年のITバブル崩壊後は急速に上昇し、たった1年で10%以上割合が増加した年もありました。

 現在では傷病手当金が年間1万2000件強となっているとのことですから、およそ1万件が精神疾患を原因としていることになります。しかしながら、この健保の被保険者の数は昭和60年代から2倍になっているに過ぎません。高度経済成長も真っ青の伸び方です。



 もちろん、これにはいくつかの原因があります。

 かつて終身雇用と年功序列が当たり前だった頃は企業も余裕があったため、各種福利厚生を整えていました。急な病気になってもそれを利用すれば問題ありませんでしたし、そもそも仕事で精神疾患になること自体があまり多くなかったのでしょう。


 しかしバブル崩壊ともうすぐ20年になりそうな「失われた10年」によって、企業は福利厚生を大幅に削減し、社員にも過大な業務上の負荷がかかるようになりました。それは日本の企業と会社員にとって、それまであった不況とはまったく情勢が異なっており、すさまじい変化に対応し切れなかった結果といえるでしょう。

 たいしたことはないだろう、もうすぐ回復すると楽観視していた企業は潰れ、変化に乗り遅れた企業も淘汰され、生き残った企業も以前のような余裕はなくなっていました。

 もはや日本人にとって、経済成長は『より良きころの夢』でしかないのでしょうか。


 ああ、すさまじく話が脱線していますね。とりあえず次回へ。