![]()
第86編 Sergei Vasil'evich Rachmaninov
セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ
今日は前回に続きラフマニノフを取り上げました。
ラフマニノフ、大阪の矢田部宏先生
のご講評は、そのまま大学で先生の講義を受けているようで改めて私にも勉強になる視点が多うございました。
![]() |
|
| ashkenazy rachmaninov piano concerto no.3 op.30 | Horowitz plays Rachmaninoff Prelude Op. 23 No. 5 |
![]() |
Rachmaninov - Andre Previn - Symphony No.2 Mvt.3 (1/3) Symphony No.2 Mvt.3-4 Symphony No.2 Mvt.4 (3/3 ) |
N響アワー ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 第2楽章
![]() |
| 青いバラ ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲 op.43
|
Rachmaninoff at Ivanovka. |
![]() |
Nikolai Lugansky |
Ashkenazy plays Rachmaninoff Prelude in C sharp Minor op.3 no.2 |
参考:セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ
![]() |
作曲家、ピアニスト、指揮者 1873.4.1- 1943.3.28 ロシア北西部ノヴゴロド州の没落貴族に生まれる。9歳の時一家は破産、ペテルブルクに移住した。両親は離婚母方に残り、奨学金でサンクトペテルブルグ音楽院の幼年クラスに入学。12歳の時、全学科落第。モスクワ音楽院に移る。 1891年(18歳)モスクワ音楽院ピアノ科を首席・大金メダルを得て卒業、ピアノ協奏曲第1番を完成している。1892年同院作曲科卒。卒業制作・歌劇『アレコ』で金メダル受領。同年10月8日モスクワ電気博覧会にて前奏曲嬰ハ短調初演。ラフマニノフの名が知れ渡る。 |
この後、精神を冒され、全く自信を失う時期が続く。その後、この病を克服、数々の作曲をするが、1917年12月、十月革命(ボリシェヴィキ政権)を受け、スカンディナヴィア諸国への演奏旅行に出発。再度ロシアに戻ることは無かった。この間、多くの曲を作曲、演奏活動を続けた。1931年スイスのルツェルン湖畔に家を建て、ヨーロッパでの生活の拠点とした、が、ナチスの台等により、1942年アメリカ・カリフォルニア州ビバリーヒルズに移住する。左手小指の関節痛に悩まされながらも、演奏活動は亡くなる直前まで続けられたが1943年3月28日、癌により逝去(享年69歳)*映画
クラシック 題名のある音楽会- 2Family concert 庄司紗矢香 ViolinConcertoNo.1-4
塩田美奈子 Minako SHIOTA
|
■ブログ友人(音楽)情報掲示板 ■MAYA
■水月舞
■紗 智
"着うたで夢をひろげてくださいネ" 紗智より |



Rachmaninoff at Ivanovka.
