Christmas kettle | 途中下車前途有効 Ameba Version

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Cultural Entertainment or current-affairs magazine

信じるも~のは 救われる~ み~な す~くわれ~る~。 

 ご幼少のみぎり(つまり、少年時代)救世軍(Salvation Army)ブース記念病院(東京・杉並区)が、すぐ近くにあった。
 

 今どうなっているかは知らぬが、当時は、道路から、正面玄関の前に 円形の庭が作られ、庭園もこぎれいで海外から帰ってきたばかりの その時には、あ。ここは日本じゃない、と思えるくらいの別天地。芝生のそばにあるベンチで日向ぼっこをしながら、よく本などを読んでいた。

   そこから、出てくる人は当時珍しかった軍服。みんな、赤い肩章をつけていて、カッコよく見えた。何人かは少年時代のボクと親しくしてくれた。


 それから興味を持ち、『山室軍平』 『平民の福音』 『山室民子』『題は忘れたが救世軍が遊郭から婦人を解放した廃娼運動の物語(この時、遊郭が何かが分からぬまま、読み終っていたように思う)』はむさぼり読んだ。始まりの場面でロンドンの救世軍の給食の様子が出てくる『オリバー・ツイストOliver Twist』。 『Major Barbara (日本題:バーバラ少佐』 など救世軍が出てくるたびに、その頃を思い出した。

 社会鍋との出合い  

 その折、12月に入り、本を買いにバスで中野駅北口に降りると、ちょうど、降りて数歩のところで、救世軍の人たちがアコーディオンなどを弾きながら「ご協力をお願いしま~す」、と叫んでいた。

  私が社会鍋と出合った始めての夕刻である。しばらく様子をみていて、本代と帰りのバス代だけを残し(と言っても子どものこと、当時の500円くらいではなかっただろうか)」を鍋の中に入れた。そばにいた救世軍の人がニコニコ笑ってくれたのが、恥ずかしかった。  

 不思議だったこと、帰りのバスで、その救世軍の人と一緒になった。ボクのことを覚えてくれていて、何を話したのかは覚えていないが、帰りのバス代を払ってくれたことを覚えている。ステキな笑顔のおじさんだった・・・・。


 100周年


 去年、神保町で出会った社会鍋の方々、皆、相当高齢になっておられた・・・・。  

 今年、救世軍の「社会鍋」(生活困窮者支援等の為の歳末たすけあい街頭募金運動)は100年を迎えるそうだ。今日12月1日から年末ぎりぎりまで、社会鍋が行われる。

*参考:『今日そうであるように、女性が泣いている限り、わたしは戦う。幼い子供が飢えている限り、わたしは戦う。男たちが刑務所に出入りする限り、わたしは戦う。酔っぱらいが残っている限り、街頭に哀れな女性がいる限り、神の光を受けていない一人の魂でもある限り、わたしは戦う。終わりまで戦う』(社会鍋パンフレット)。

              社会鍋 賛美歌響く 年の暮れ  啓花  

                                        photo 救世軍
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              Jingle Bells  Kenny G Forever In Love