たとえば、
主にテレビなどで、
主にテレビなどで、
“奈良では、・・・”
というフレーズで、
大仏や鹿の紹介、
はたまた、
甲子園の奈良地方予選の模様の紹介、
などが始まったとき、
大仏や鹿の紹介、
はたまた、
甲子園の奈良地方予選の模様の紹介、
などが始まったとき、
“ならでは”
という言葉の響き自体がもっぱらクローズアップされ、
飛躍して、
“かけいのしずくならでは”
という徒然草のフレーズが脳内を駆け巡ることが、ある。
かといって、徒然草の他のフレーズは覚えておらず、
特に徒然草に興味があるわけでもなく、あらすじも知らなければ、
“かけいのしずくならでは”という絵すら浮かばない自分なのである。
特に徒然草に興味があるわけでもなく、あらすじも知らなければ、
“かけいのしずくならでは”という絵すら浮かばない自分なのである。
のに、
出てくる。
出てくる。
大事なことは忘れるくせに、
覚える意識もないことが、
何故か頭に残ってる。
胸に仕舞った記憶が一人歩き・・・
放浪の果て、頭に辿りついたのかもしれませんね。
放浪の果て、頭に辿りついたのかもしれませんね。
The Allman Brothers Band 「Ramblin' Man」