誉める社風・けなす社風(4) | アツキココロ

アツキココロ

広島県在住の経営コンサルタント・児玉学の熱血ブログ。

うだつのあがらぬ新・支社長のO。


拠点トップを兼務していた専務取締役がいるときには、仕事が出来ないから朝から当人が「けなされまくる」訳です。どうして彼のような人間が新潟で支社長まで昇進したのか分かりません。噂では「優秀な人間が皆退職し、どこにも行けない無能なヒトだったから残っていてお鉢が回ってきただけ」ということです。

(経営コンサルタント会社では、良くあることです。サラリーマンコンサルタントでいつまでもいる人間に、本当に優秀な人材はまず居ません。よほどオーナーが人徳者であるか、優秀なコンサルも活躍できる仕組みが出来た組織でない限り、いつまでも宮仕えする職種じゃないですから。独立もできない半端モンが残ってしまうわけです。)


まあ、その専務が全ての「けなしの社風」づくりの元凶だと言えますが、この専務はそれでも自己の業務遂行能力はずば抜けていましたから、まだ秩序は保たれていました。

しかし能力の無い人間が立場だけ与えられ、その立場を守ろうとすると秩序は一気に崩れ去ります。Oが一応立場上一番になる、その専務が居ないときや所内会議時には、奇妙なことが起こり始めました。「自己弁護」と「他者へ責任転嫁」の応酬です。


まずこのOが、専務に少しでもけなされないために「アリバイづくり」をします。

「私が専務に怒られたのは○○がこうしてくれなかったからじゃないか。」

すると責任転化された○○さんが反論します。

「いや、私ではなく(その更に後輩の)△△君が悪いんです。」

・・・不条理な責任転嫁を飽くことなく続ける会議。けなし合い。言い訳三昧。最後はいつも、人をけなすのが苦手でその不毛な論議に嫌気がさし「じゃあ私の責任ということで良いですよ」と言う愛すべきベテランのコンサルや、欠席している多忙コンサルのせいにして終了。


私は「いずれ真実は分かるだろう」と、責任を押し付けられた方々の弁護に回ることも無く常時冷めた立場に終始していましたが、けなしの風土は想像以上のパワーを生み出し、いつの間にか責任を押し付けられた方々の降格という人事になって表出してきました。そしてそこで頭角を現してきたのが「出来ない理由作り」の名人であるAという課長代理。これまたミニチュアのOみたいな存在でしたが、自分の出世のためにことごとく自分より上に居る人間への責任転嫁策をOに吹聴し、その策に乗ってOがけなし続けて人の良いベテランを追い込む。

Aより下の立場だった私らは直接実害をうけはしませんでしたが、そりゃ見ていて悲しいものでした。

更にそこに輪をかける事務職のお局連中。人の悪口が三度の飯より好きなのか、はたまた真実の露呈は自らの立場を弱めるからけなしの風潮に乗っておけば良いと考えたのか、とにかく「溺れた犬を叩く」が如くの告げ口オンパレード。


言い訳しない人のいい方たちが追い込まれ、責任転化や言い訳作りの能力の高い者がのさばる。そうなると、もう誰も組織のために頑張りません。頑張ったら誰だってやはり正当に評価されたい。誉められたい。人間のモチベーションと言うのはそういうものです。頑張ると失敗だってでてきます。でも失敗以上に頑張りを評価してもらえれば、やがて失敗も少なくなり成功の確率は高まります。

逆に少しの失敗をとことん追求されたら、もう怖くって失敗できないことになる。リスクはとれない。本来リターンを得るためにはリスクをとります。リターンの無いリスクは誰もとらない。


末期の社会主義国で同様の風土が蔓延しましたね。一部の特権階層が、自らの出世争のためにお互いの足の引っ張り合いをする。その他の一般市民は、頑張っても頑張らなくても評価が変わらないから何のリスクをとらない。ただ毎日を無為に過ごす。自らの夢を実現したい少数派は、国を捨て亡命する。

・・・私は亡命派でしたが、亡命の寸前までその衰退を目の当たりにしました。

Oは何らの功績を上げることも無く、ただ組織の風土を貶めて新潟に帰っていきました。そのあとは並み居る先輩連中をけなしと責任転嫁で落とし込んだ結果、消去法的にAが支社長の座に。

業績は正に急降下。組織はこうも堕落するのか?

「けなし」パワーのすごさを初めて勉強させていただきました。


自らのためだけに仕事を遂行し続けた私は、幸いにもベテランのカリスマコンサルのノウハウも伝授され、Aの支社長昇格とほぼときを同じにして無事亡命して行ったのでした。偉そうなことを言い始めたAに向かって突然辞表を叩きつけたときの、あのAの呆けた顔は、ちょっとだけ見ものでした(笑)。


(つづく)