今回の事象を伝わりやすく表現するのに、ちょうどよい言葉が見つかった。
まさに彼女は、私の「心の裏口」から入ってきた、と言える。
普段人の出入りはなく、至極プライベートなその出入り口から、不意に顔を覗かせた。
実際に店の裏口から馴染みのない顔が見えたなら不審者かと疑うだろう。
それと同じように警戒したという側面も事象と一致する。
計画されていたものであれば、意図を知る必要があるだろうが、実際彼女は偶然か何か、迷い込んだ程度のことで、他意はなかったのだろう。
だが、結果としてそれは私を「ハッ」っとさせることになった。
鍵はかけていなかったかもしれない。
しかし、まず普段そこから人は入ってこない。
その印象的な経験が興味を抱かせ、また人となりにも興味を抱いた。
そして現在に至っている。
あの時、思えば「ただの気のせい」で済まそうと思えば、それもできた。
が、何か引っかかったのはなぜだろう。
それはきっと、自分に何か良い変化を与えるきっかけだと考えたからだろう。
それは彼女自身が持つものか、あるいは埋もれていた自分の側面か、はたまた、目指すべき目標かなにかか。
不思議なのはそれを理屈だけではなく「面白い」と思えること。
時に揺るがされ、自身を不安定にする要因であるにも関わらず、
それさえも許容して、なおもこの手で掴みたいと願うこと。
所有することを望むのではなく、「思い出した」と感じるこの感覚を、
よりはっきりと自らの目的を具体化させるため。
その根源か、表現者である彼女を通じてもう少し理解したい。
それが望み。
特別なことは必要なく、ただ友達のように同じ時間の共有、何気ない会話。
それだけで十分と思える。
その中に、気付きは多いと推測できる。
実際は違うかもしれない。
そればかりは、やってみないと分からない。