全ての義務と権利を放棄して
視界から他者を排除して
荒ぶる感情を淘汰して
取り戻す「中心」
それは「自分」と呼ぶのに相応しいかどうか分からない。
生きることさえ俯瞰してしまった精神。
意味を持たず、与えないもの。
ただそこに「在る」だけのもの。
唯一、裡にある「脈」だけを感じ取って。
全ての義務と権利を放棄して
視界から他者を排除して
荒ぶる感情を淘汰して
取り戻す「中心」
それは「自分」と呼ぶのに相応しいかどうか分からない。
生きることさえ俯瞰してしまった精神。
意味を持たず、与えないもの。
ただそこに「在る」だけのもの。
唯一、裡にある「脈」だけを感じ取って。
対象と対峙する世界で
どちらかが止まるまでは終わらないダンスを。
相手を止める事が目的ではない。
その刹那、互いに競い合いながらも、どこまでいけるか。
そこに興奮と、情熱と、快楽と、攻撃性とともに愛情がある。
私が本能のままに動く時。
子供に学ぶ「無心」とは
「我」に固執せず、素直にありのままを受け入れる心ではないか。
省みてみれば、人は大きくなるにつれ「私はこうだ」「こうあらねばならない」と、とかく「我」を持ち主張したがる。
とかく何かと対立すること、批判すること、攻撃すること。
それら全て、その物事と相反する「我」をつくっているからに他ならないのではないか。