最近、人が人であるが故の性分について考えさせられる事が増えた。
忙しい時には不満を漏らし、頑張っている姿を主張するグループも、
暇になれば遊び始める。
会社から給料をもらっている時間であるにも拘らず。
そんなことでは、自身の境遇が不遇だとは言えないだろう。
人はすぐ忘れる。そして、調子に乗る。
軽率ではないだろうか。
叱る側としても残念でならない。
どれを選んでもどこか悔いが残るとき。
結局、何かを「選ぶ」っていうことはそういうこと。
きっと、全部得られたらいい。
でも、それが出来ないから選んでいる。
つまり、どちらを選んでも足りないところは目に付くわけだ。
だったらもう、あとちょっとした事でもいい。
思い込みでもいい。
「やっぱりこれが...」とか思うものを。
そんな「気になるもの」を。
選ぶことで、失うものもあるだろうけれど、
失うことを恐れて「気になるもの」が掴めないことがないように。
どうせ何かを失うのなら、ちょっとでもワクワクできるものを選びたい。
本当に、後悔しないように。
別れは必然、後悔もするだろう。
でも、出会いは突然。そしてそれを掴み取らなかった後悔は、
きっとどうしようもない事への後悔より大きい。
なぜなら、それは掴み取れたはずだから。
ただ自分が、臆病に手を伸ばさなかっただけなのだから。
来るもの拒まず、というわけではなく。
持てるものにも限りはあるのだから。
ただ、思い切って手を伸ばそう。