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It colors of one day

( ゜Д゜)y─┛~~



これは私がかつて勤めていた会社の社訓から見出したものである。



「目的の為に純粋な存在であること」




私は、気がつけばずっとそれを望んでいたのかもしれない。


また違って私の中にある幸福、すなわち「無」であることの幸福と、


只一つの目的の為に動く時の幸福は、


頭では全く違うことのように思えて、感覚的には同一のようにも感じる。




例えば何かに夢中になっているとき、「無心に」というように。



私達人間は、道に迷い、過去に振り返り、未来を案じる。


そうして自らの中に大切なもの一つ見出せず生きる様は、まさに地獄ともいえる。




しかし、それが他人にとってどんなにちっぽけなものでもいい、


その時の自分自身の全てをかけてもいい、と思えるようなものに打ち込むときは、


それが他人にとってどれほど苦痛なものであっても、当人はまさに幸福の中に生きている。




私はそれを体験的に知っているからこそ、


「目的の為に純粋な存在であること」を望む。


そのとき人間は、真実の意味で生きている。


その瞬間に生きている。


何よりも輝いている。



その瞬間を手に入れることができるなら、


そこに至るための道がどれほど苦痛であっても、価値があるものだと思うのだ。



そう思うと、人生における暗中模索も、そこに意味を見出す限り、


求めているものを見失わない限りは、価値があるものになる。



道も、急ぐことなくその景色を覚えるほどしっかりと歩いていけば、


もとの場所に戻ったときにも気付きやすい。





乗り越えよう。


赦そう。


受け入れよう。




全てにおいて、ができなくてもいい。


ただ、大切なものならば。


久々に、唄を探せば、今の自分にしっくりくるものを見つけられるときがある。


なんだかんだで、数年前には好んでいなかった音や、


気にも留めなかったであろう音に反応する。




振り返って、今まで見つけてきた音のうち、


今はもう、少し幼く感じてしまうものもある。




私も、なんだかんだといいながら変化しているのだと実感する。




気がつくと、数時間が経っていることがよくあるが、


今の自分に丁度いい音を探すための感覚は、


そう長時間維持できないようだ。


無意識のうちに集中力を使っているらしく、


時間が経つと、後で振り返ったときにあまり良いと思わない音を拾っているときがある。



それくらい、良いものを選ぶ、という感覚は繊細なものなのかもしれない、とふと思った。