いつか、なにかの本か記事かで見たことがある。
どこかの大学の先生が、生徒に教えていたことだったと思う。
その先生は、人生とは入れ物で、時間は砂に例えていた。
用意した壺にさらさらと砂を流し込む様を見せ、
「こうしている間にどんどん壺は埋まっていく」という。
サラサラと流れ込む砂は、放っておいたらそれだけで埋まる。
なにかしていても、していなくても。
「君たちには、これが砂でいっぱいになってしまう前に、
なにか大切なものをいれて欲しいと思う」という。
ただ砂だけでその中をいっぱいにするよりも、
その限られた容量の中に、もっと自分の好きなことや、
素敵なことで埋め尽くしたい。
いっぱいになった壺を見たときに、
「この中にはあれもこれも入っている」と思える方がいい。
ただの砂しか入っていないのでは寂しすぎる。
もちろんその中に望まないものが入ってしまうこともある。
ただでさえ、そうしたもので壺はいっぱいになりやすい。
義務や責任、生きていく上での保障などによって。
だから「まだまだ埋まるまでに余裕がある」と思っていると、
気が付いたらもう残り少なかったりすることもある。
なにかやりたいことがあるなら、望むものがあるなら、
「そのうちに」なんて言っているとついぞできずに終わる。
-やりたいことがあるなら、今のうちだぞ。
そんなことをその先生は言いたかったのだろうと思う。
ふと思い出したのだが、今思っても納得できる。
義務や責任を果たすことは、それはそれで素晴らしい。
だが、そればかりの人生に、自分らしさはありえない。
振り返ったときに、悔いの残る人生にはして欲しくなかったのだろう。