日曜日の夕方。
簿記の学校の帰り道に、ふらーっと訪れたおしゃれな町のカフェでひと休み。
今日の授業は脳みそがくるっと一回転しちゃうんじゃないかっていうくらい難しくて
とにかく頭を休めなきゃ、と思うあまり、普段使わない沿線の知らない町に来てしまった。
そして、一杯のコーヒーと一枚のクッキー。うん、幸せ~。
と思ったら電話がきた。
私としては、外部を完全シャットアウト、自分の世界に浸りたかったから、今は出ないでおこうかと思った。
だけど久しぶりの、妹からの電話。
その時は。
ふっと蘇った故郷のほんわかのんびりした感覚が、私を癒してくれるような気がしていた。
***
話の第一幕は彼女の彼氏のこと。
彼女は、うんと年上の人とつきあっているんだけど、
ガテン系の仕事をしていたその彼は少し前に体を痛めて、今は無職。
今の雇用環境はいくらか良くなってきているといわれているけど、わたしたちの故郷なんてまだまだ不景気のどん底。職なんて簡単に見つからない。
そんな中、同級生の結婚式に呼ばれることが増えてきた今、彼女もいくらか焦りや不安を感じているようだった。
彼女の友人たちも「別れたほうがいいよ」と決まって同じアドバイスをするそうだ。
「でも、彼と一緒にいたいんだよねー」という彼女に、そこにある2人にしかわからない幸せを垣間見た気がしてうらやましく思う反面、姉としては複雑な心境であるのも正直なところ。
どんな言葉を返してあげたらいいのかわからなくて、歯痒かった。
だって、「愛がすべて」とか「相手の生活力こそ」なんて簡単なこと、いえないもの。
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次に、おばあちゃんのこと。
小さい頃からいっぱい面倒見てくれて、遊びに行くと必ずお菓子をいっぱいくれたおばあちゃん。
高校受験のときは、いわゆる「教育ママ」の母親がこわくて、勉強に集中したいから、という理由をつけて、おばあちゃんちに逃げ込んで生活してたこともあったっけ(笑)
社会人になって都会へでてきた今でも、年に3回の帰省の中心にあるのはおばあちゃんち。
わたしにとって大切な存在。
そのおばあちゃんに、痴呆症の兆候が表れてきたとのことだった。
お正月に帰ったときは、約束の日付とか、来週あれをやる、と決めていたことを忘れてしまったり、という程度で
「まぁ年だからね」でわたしは済ませていたんだけど。
炊飯器の使い方がわからなくなってしまったそうだ。
ボタンを2つ押さないとごはんを炊くことができないそれを、おばあちゃんの症状に気づいたおじいちゃんが、ボタンひとつで炊ける新しいものと、買い換えてきたとのことだった。
口へ運ぶコーヒーのあたたかさを一瞬忘れてしまうくらい、ぞくっとした。
あのおばあちゃんが、人の話からしか聞いたことのない病に蝕まれていたことを、あまりに突然に知ってしまったこと。
そしてひっかかったのがおじいちゃんのこと。すごく仲の良い2人。わたしの憧れの夫婦。
自分の愛する人がそうなってしまったら、どんな思いがするだろう。考えて、涙が出そうになった。
***
電話を切った後もぼーっとしてた。
ふと我に返って、「わたしここで何してるんだろ」と
きゅっと心臓が縮んだみたいになった。
月日の流れとか、取り巻く環境とか、愛する人とか、それらの絡み合いとか、
リアルな世界を生きて、そして戦っている人たちが身近にいたこと。
その人たちが与えてくれた今のこの十分過ぎるくらい居心地の良い、いわば生ぬるい環境で
わたしはなんて好き勝手やり放題で甘えてるんだろうって、
申し訳なさと自戒の念が溢れた。
目の前の現実を受け止めて、
今やるべきことの明確化とそれを行動にうつすこと、そして将来のことを現実的に捉えてプランニングすること。
今まで、逃げてきたこと・・・。
とりあえず、やろう。
思っているほど、時間は無いのかもしれない。
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