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大陸には三月ごと、年に四度の大祭がある。
雪解けに伸びる麦の芽を祝う、|収穫祈願の春祭り(インボルグ)。
恵みの雨を願う、|夏の花祭り(ベルテヌ)。
恋人たちが主役となる、|秋の収穫祭(ルーナサ)。
そして、最後は一年でもっとも呪われた夜。
この世と異界がつながり、この世に恐怖が流れ込むと恐れられる|冬の死神(サムハイン)である。
シージペリラスの消滅をインボルグに公表したのは、冬が終わり春が始まる吉日だからである。
サムハインが一年で最も呪われた日ならば、インボルグは一年で最も清浄な日だ。
この日に生を受けたものはかつての聖人や偉人が転生であり、異能の力を秘めている。
そう、魔術都市メティスは信じている。
胎児のうちから母親の口を借り、政務の指示を行って族長をつとめた例もある。
現在は4才の少女であり、名実とともに一族の長となった。
切れ者と評判の外交官を、言葉ひとつであしらったことは詩人の題材ともなっている。
では、同じくインボルグに産まれた少女。
金の髪と青の瞳をもつサフィリア・フェルナンディは、何者だろうか。
10才にして【書を守る者】の地位につき、役目を果たしている。
幼い少女にも関わらず魔術師に通じ、賢者をも唸らせる知恵者でもある。
きっと、誰かの転生に違いないと人々はうわさする。
過去の歴史を紐解き、偉人の名を上げるもの。
人を超越した存在である、竜や神々だと主張するもの。
自国に保管される肖像画から、わが国の過去の王族に相違ない、と断言するもの。
真実を知る者はいない。
【書を守る者】でさえ、知ることのできない真実は多い。
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「平和の時代が訪れる」
サフィリアはひとり呟いた。
大理石で作られた塔の中で、小さな声は闇に吸い込まれるように消えていった。
明かりと言えば、魔術で作られた青白い光だけであった。
ただでさえ太陽の下に出ることはなく、肌は雪のように白い。
魔術の青白い光をあびていると、少女は幻想的で、今にも闇に書き消えそうに見えた。
ここはあらゆる書物を収集する【記録の塔】である。
壁のすべてに書が詰め込まれ、新たな記録が追加されてゆく。
【書を守る者】の使命は、塔の内にある記録を管理することにあった。
サフィリアは書棚に向かって、杖を掲げる。
杖の先端に灯る光はさらに大きくなり、びっしりと並んだ書物の背表紙を照らし出した。
それでもなお、広大な塔のすべてを照らすにはまるで足りない。端が見えぬ回廊が闇の向こうへと消えてゆく。
杖の先で書棚をたたくと、一冊の本が飛び出してサフィリアの手の内に降りてきた。
本を開くと、ここ数年の戦いの記録が淡々とつづられていた。
一連の年表を記憶すると、サフィリアは本を閉じた。
杖を動かし浮遊の魔術を使って、書棚に戻す。
「戦乱の時代が終わり、平和の時代が訪れる」
それは夜の後に朝が、冬の後に春が来るように当たり前のことだ。
夜も冬も、そして戦乱も永劫に続いた歴史はない。
次の書に向かって歩きながら、サフィリアは考えをまとめる。
戦火が収まりつつあるのは確かである。
正確にいうと、燃やし尽くしたというべきだろう。
草原の国ダリムは、森の王国レイザークに侵攻を繰り返した。
6年にもわたった戦いの結果は、ダリムの一方的な敗退であった。
国境線も戦場もほとんど変化がなく、同盟国も兵を引き上げている。
草原を駆ける騎馬兵が森に潜む歩兵を倒そうというのだ。
もとより、まともな戦術眼を持つものが繰り返す方法ではない。
そもそも、戦の大義が「シージペリラスを産んだ王国の責任を問う」であった。
冥府返しの完了を宣言したことは、戦の大義そのものを消滅させてしまったのだ。
この上で大義のない侵攻を繰り返しては、周辺諸国がダリムを攻める口実を得ることになる。
アリウスの言葉通りに、平和の時代が訪れるだろう。
しかし、一体どれだけの長さ続くというのか。
サフィリアは足を止めると、杖を掲げて次の本を探した。
重要な書物は、たとえ真の闇の中でも見つけられる。
優れた記憶力で、書のすべてを把握する。それが、書を守る者に求められる能力である。
次なる書物を浮遊の魔術を使って手に収める。
ページを開かずとも、書かれた文字は暗唱できる。この6年間に行われたメティスの軍備が記録されている。
城壁の補強は完了し、騎士団と魔術師団の再編成も順調である。
魔術師団を束ねるのが、ラスティー・クルス。
そして、【固定兵器】として、メティスに配備された2名の魔術師の育成も計画の順調とある。
一陣の風(リヴァーウィンド)のサフィリア・フェルナンディ。
報復者(アヴェンジャー)のガリウス・グラムファーレ。
メティスへ侵攻するものは剣と杖の力で、ことごとく命を奪われることだろう。
アリウスは孫であるガリウスを、本日付けで騎士団長へと就任させた。
ガリウス・グラムファーレは14歳。
将帥となるには早すぎるかもしれないが、初陣を飾るには十分な年齢となっている。
戦乱が収束すると、食い扶持を失った傭兵が、盗賊になることが多い。
これは、戦闘訓練としては理想的な相手といえるだろう。
シージペリラスの予言を公表したのがアリウスであり、消滅を宣言したのもアリウスである。
戦乱の一連の流れがアリウスの手の内であった。
城壁の整備や軍の再編成は、軍備の統制が乱れ他国につけいれられる隙を生む。
レイザークへと世界の敵意を向ければ、シージペリラスの存在を宣言したメティスが攻撃されることはない。
他国へ戦を扇動しておきながら、自らは派兵することなく、戦力を温存し蓄えるだけにとどまった。
今回の戦で一番利益を得たのはメティスであろう。
そして、平和を口にしながら、アリウスは今も軍備を整え続けている。
これは【終戦】ではなく【停戦】なのだ。
計画を何よりも重んじるアリウスのことだ。
次なる戦乱の予定表も、すでに完成しているのだろう。
シージペリラスを原因に戦端を開いた時と同じように、自分に都合よく平和を終わらせる方法も、長老の頭の内には存在するに違いない。


