大阪の「どないでっか」や「もうかりまっか」を


(HOW ARE YOU?)


「ぼちぼちでんな」を


「FINE THANK YOU」


と訳している文章を、笑い飛ばしている翻訳者がいた。


言語上の意味はともかく、ニュアンスが全然違うって

 髪や肌や瞳の色で起きる差別や偏見。あるいは神聖視。

 これらは、歴史を調べれば数えきれないほどあります。
 キリスト教圏では、主に赤や黄色が差別対象となりました。

 裏切り者のユダや、北欧神話のロキなどのカラーも黄色です。
 バビロン神話のイシュタルも「緋をまとう者」として、忌避されたようです。
 「レッドドラゴン」が悪逆非道の象徴となるのは、ドラゴンというサタンに近い外見と、赤という色が血や炎、闘争や強欲を連想させることが原因とか。

 実際に、レッドドラゴンは火を吐き、人をさらって、宝を略奪し巣穴に溜め込んでいます。悪のシンボルとしては十分すぎますね。

 日本においても、オランダ系の金髪の人を【紅毛人】と呼んでいたようです。赤みがかった金髪を赤毛と称したようで、現代人の感覚でいうと正直色彩
感覚を疑いますが・・・。このあたりの話は、また今度。

 とにかく、赤があまり良い色ではなかったようです。
 
 緑や青の髪さえ存在するライトノベルの世界ではあんまり触れない所ですが、【神速果断のシャープネス】では色の差別と偏見をふんだんに盛り込んでストーリーを展開します。

 赤、黒が不吉。

 これはシーグの目と髪の色。


 金、白、青が吉兆。

 これは、サフィリアの髪と瞳、身につけているローブの色。

 こんな偏った認識が主流となった世界です。

 魔術都市メティスには天を突くような無数の塔が立ち並んでいる。
 塔の一つ一つに神秘の技をもつ魔術師が住んでおり、世界の謎を解き明かそうと日々をすごしている。


 メティスは小規模な城塞都市に過ぎない。
 剣のように切り立ったけわしい山脈の中にあるために、むしろ辺境の小都市といってもいいだろう。


 本国であるトランティア王国から遠く離れ、旅路を急いでも一月はかかる。

 山も川も海も越えた先にあり、本国からは援軍どころか商隊さえこない。

 地図だけを見れば、敵国のただ中に取り残された孤立無援の城塞都市。
 大木から離れた葉のように、いずれは朽ちて果てるように見える。


 しかし、魔術の聖域であるがゆえに、メティスは世界中から注目を集めていた。


 世界の謎を探求しようとする賢者や知者。
 魔術の軍事的利用を警戒する各国の軍人。
 奇跡の技にすがろうと、来訪する者。


 そして今。災厄の来訪を恐れる人々が、メティスを訪れていた。
 収穫祈願の春祭り(インボルグ)に、重大な発表があるからだ。
 この時期にメティスの発表といえば、あの命取りの座(シージペリラス)の事に決まっている。


 世界の災厄。
 伝説の呪い。
 歴史の惨劇。


 命取りの座(シージペリラス)を中心に、世界が滅んでゆくと魔術師たちは伝えている。

 森の王国レイザークに、シーグ・ペイラックが産まれたのが10年前。
 それから、大陸中に戦火は絶えなくなった。


 メティスが、シージペリラスを発見し石室に閉じ込めたのが2年前。
 それ以降、大きな戦乱は治まってきている。
 メティスの予言はピタリと当たっているのだ。


 三ヶ月前の冬の死神の夜(サムハイン)に、冥府送りの儀式が終わると伝えられていた。

 葬られたはずのシージペリラスはどうなったのか?
 本当に災厄は世界から消滅したのか。

 歴史の転機となる日を迎え、大陸中がメティスの発表を待っていた。


     * 

 巨大な広場に集まった一万を越える人々は、一点を食い入るように見つめていた。
 銀の鎧に身を包んだ騎士や魔術師を従えた老人が、壇上にゆっくりと上がってゆくのを見守っているのだ。


 水晶の杖を持ち、純白のマントが風になびいた。
 老人の名はアリウス・グラムファーレ。


 魔術都市メティスの総督であり、メティスの魔術師たちの頂点に立つ長老でもあった。
 人々の視線を集めた老人は、朗々とした声で宣言した。


「シージペリラスの消滅を確認した」


 途端に広場は歓声に包まれた。
 石造りの塔さえも揺るがすかと思われる大音声だ。


「災厄は去った!」
「これで世界は救われたぞ!」


 喜びの声をあげ続ける人々は静まることがない。人並みが大きく揺れて、倒れるものも出てきた。 
 大声を上げながら、壇上へと登ろうとするものもいる。
 狂喜から混乱、そして暴動へと発展しそうな勢いである。

 アリウス・グラムファーレは、ほくそ笑んだ。


「予想どおりですな」
「準備は出来ているか、ラスティー」
「すでに」


 短く答えたのはローブに身を包んだ青年であった。
 青年が手を上げると、魔術師たちは杖を握り、騎士達は剣の柄に手をかける。アリウスの周囲に陣取り、壇上を死守しようと円陣を組んだ。

 すばやい動きだ。
 浮かれ気分が暴動へ発展するのを、あらかじめ予感していたのである。


「横一列、金城鉄壁の陣」

「攻撃開始」、とラスティーは叫んだつもりであった。

 しかし、声が全くでない。ラスティーは厳しい顔でのど元を押さえた。
 
 アリウスとラスティーの背後から、一人の少女が進み出た。


 白いローブの上に、青色の上衣サーコートを身につけている。
 ほっそりとした体つきに白磁のような肌。背中まで伸びる淡い金色の髪。碧色の瞳は宝石のような光をたたえている。

 まっすぐ前を見て、ためらいなく歩く姿が彼女の内面を現していた。


 サフィリアである。


 魔術の象徴である白、一族の色である青色、それ自体が輝くように明るい金色の髪。
 身につけた物や、彼女の容姿を見れば、それだけで何者かを知ることが出来る。

 わずか10才にして、メティス有数の魔術師となった天才児。

 『書を護る者』、『一陣の風(リヴァーウィンド)』のサフィリア・フェルナンディである。


 雪のように白い手を頭上に振り上げると、広場に冷たい風が吹きぬけた。

 暦の上では春といっても、風はまだ冷たい。冷水を顔に当てられたようなものである。
 浮かれる人々を我に返らせるには十分だった。


「落ち着いてください」


 ざわめきが小さくなった瞬間を狙って、鈴を鳴らしたような声が広場全体に響き渡った。
 不思議な現象に、広場がシンと静まった。
 人々の視線は、壇上に立つサフィリアに集中する。


「アリウス総督の言葉を、聞いてください」


 落ち着いた声でそう告げると、サフィリアは騎士たちの作った金属の壁の内に戻っていった。

 神秘的な少女と、奇跡の技を目にした人々は、呆然として壇上を見つめていた。

 少年は死にかけていた。


 石室の中にあるのは、瘴気と静寂。
 深い闇と、細長い窓からもれて来るわずかな光。

 それが少年のすべてであった。


 少年の名はシーグ・ペイラック。

 天空に不吉の星が輝く日、死神の日(サムハイン)に産まれた。
 更には、漆黒の瞳と乾いた血色の髪という死の印を持っている。


 魔術師は彼こそが世界を滅ぼすものだ、と主張している。
 予言は少年を『命取りの座(シージペリラス)』と呼ぶ。


 渇き、飢え、衰弱し、指一本さえ動かすのは難しい。
 恐怖も、希望も、悲しみも感じない。
 すでに魂さえも、すり切れようとしている。


 魔術師たちは石室を作り、呪いが外に出ないように2年間封じ込めた。
 命はもちろん、魂までも砕き、災厄を冥府に送り返す。


 二度と『|命取りの座《シージペリラス》』が現世に迷い出て来ぬようにと、『冥府返し』の儀は綿密に行われたのだった。

 冥府の呪いを一身に生を受けた少年を、すべての呪いと共に冥府に送り返す。
 そのために、命と暦を研究した魔術師たちは力を尽くした。


 少年の産まれた災厄の日、|死神の日(サムハイン)に冥府へと返そうというのである。

 かくして、シーグは緩やかに苦しみぬく生を終え、この世で最も孤独な死を迎えようとしていたのである。


    *


「間に合うのかなあ?」
「魔術師の計画は正確よ。残酷なくらいにね」


 外から聞こえてくる2つの声に、シーグは目を開いた。
 のんびり間延びした声と、よく通る澄んだ声だ。
 共にまだ幼い少女のものである。


「魔術師が明日殺すといえば、今日は何があっても生き長らえさせるわ。だから、大丈夫よ!」
「だ、大丈夫っていうのかなぁ。それって?」


 強い意志を感じさせる声に、不安げな問いかけが続く。


「入り口はどこだろ?」
「そんなものはないわ。閉じ込めて、最後まで出すつもりなんてなかったんだから。最後には火を放り込んで、オーブンみたいにするのよ。最後の最後まで苦しませるつもりだわ」


 自分に訪れるひどい結末を知って、シーグは逃げ出したくなった。
 しかし、体が全く動かないのだ。


「どうやって出してあげたらいいの?」


 ここから出られるのか?
 闇の中でいつも望んでいた言葉を聞いて、シーグは助けを求める声を上げようとする。
 うめき声さえも満足に出せない。


「困ったわね。びくともしないわ」


 全く困ったように聞こえない。のんびりというより、ぼんやりとした声だった。


「あるのは空気穴がいくつかと、食料を入れるための穴だけね……」


 楽器のような綺麗な声が耳に心地よい。


「やっぱり、大人に頼まないと。ダメかなぁ」
「大人に何が出来るって言うの。だいたい、彼を閉じ込めたのもその大人でしょ!」


 怒りを含んだ言葉の後に、八つ当たり気味に岩をたたく音が響いてきた。


「岩盤の厚さは1歩ってところね。リーザは下がって」
「どうするの?」
「魔術で破壊するわ。中の人も、聞こえていたら後ろに下がって」


 そういわれても、下がりたくても体が動かなくて――
 石室全体を揺るがす爆発と共に、突然に世界が白く染め上げられた。
 石室が破壊されたのだ。

 
 苦しさよりも外に出られたことがうれしくて、シーグは顔を上げる。
 太陽を背に、二つの人影が見えた。長い闇に目を慣らされた目に、太陽の光は突き刺さるようだ。
 よどんだ石室とは違う、清浄な空気にも肺が焼けそうに熱い。
 しかし、この痛みと熱さこそが生きている証である。

 陽光に輝く金色が羽のように見えて、シーグは天使が助けに来てくれたのだと思った。
 と同時に、ガンと頭に鈍い衝撃が走った。たぶん、大きな石が頭に直撃したのだ。
 意識が遠のいていく。

 気を失っては二度と目が覚めないだろう。
 死にたくない。


「フィ、フィーちゃん。ちょっと待ってよー」


 涙声でゴホゴホと咳き込みながら、足音が近づいて来る。
 更なる重さが頭に加わった。後頭部と額が割れるように痛む。


「うーん?」


 不思議そうな声が聞こえ、たっぷり5つは数えた後に――


「あれれー?」


 つま先立ちにでもなったのか、痛みが更に強まった。


「ちょっと、リーザ、足元……」
「ほえ?」
「踏んでるわよ!」
「…………? えっとー、…………なぁに?」
「人よ!」


 体勢を入れ替えたためか、えぐられる様に頭が痛い。意識がかなたへと去ろうとした、その時。


「キャーー! 私。この子を踏んじゃったー!」
「さ、騒がないで。飛び跳ねないで! とにかく足をどけて!」
「い、生きてるかな?」
「ひどい出血だわ。急いで血止めをしないと命にかかわるかも――」
「死んじゃうの?」
「まだ、大丈夫よ」


 『まだ』、と言うからには死にそうな状態なのだ。
 シーグは気が遠くなる思いだった。


「脳震とうによる意識の混濁を確認。頭がい骨の損傷、裂傷による失血、頚椎の損傷などによる死亡の可能性……」


 言っていることはほとんど分からないけど、自分が死にそうなのは分かった。


「呼吸困難、全身の血流の不全、栄養失調……。障がいを残す後遺症の可能性は軽く数えて15を越えるわね」


 冷静に淡々と語られる口調が、刃のように耳に突き刺さる。
 綺麗な音楽のような声だから、なおのことだ。


「そんなあ。この子、死んじゃうの?」
「だ、だめよ、リーザ。人形じゃないんだから、そんな抱き方しちゃあ。首も手足も折れるわ!」


 首と手足が同時に折れるとは、一体自分はどうなっているのだろうか?
 雑に扱われて、継ぎはぎだらけになった人形が思い出された。
 女の子というのは、けっこう容赦がない。


 呼吸ができなくて、体中がひび割れるように痛んだ。
 遠のく意識を繋ぎ止めるのもつらくなってきた。ひょっとしたら、冥府の方が楽かもしれない。


「とにかく治療よ。何があっても、死なせないから!」


 治療のはずなのに、やけに怖いのはどういうことだろう。
 昔話で、死者をもてあそぶ邪悪な魔術師が似たような事を言っていた気がする。
 ひょっとしたら、生きているよりも酷いことになったのかもしれない。


 石室から出てもなお、少年は苦しみ死にかけていたのだ。