前記事において、出典としたサイト

「国連環境賞の絵本をクリスマスに書き上げ、その2時間後急死した小学生、坪田愛華ちゃん物語」

において、

坪田愛華さんは、「はだしのゲン」にも言及していることがわかりました。

 

 

 

 


愛華さんの自宅にほど近い、島根県出雲の「アース館」における展示に、

愛華さんがものした「平和とは何か」という一文があります。

 

そこで、「はだしのゲン」について言及しています(引用者により適宜改行します)。

私は、「はだしのゲン」というまん画を読んで、こう思いました。

原爆で、体をズタズタにされただけで、家族からさえ見捨てられたということがあり、

原爆とは、被害だけでなく、心まで、むしばんでしまったと思います。

そして、その主人公ゲンは、正しいと思ったことは、堂々とどんな時にも言うということと、

どんな苦労があっても、負けずにがんばっていくというところが、とてもすばらしく、

私も、ゲンのように、なりたいと思います。

「体をズタズタにされただけで、家族からさえ見捨てられた」というのは、 

ゲンが原爆投下後の移住先江波で生活費を稼ぐために面倒をみることになった、吉田政二さんのことです。 

政二さんは画家の卵でしたが、勤労奉仕中に原爆をうけました。 

そこで体の半分ほども酷い火傷を負い、 火傷から膿がでて、身体にウジがたかるという酷い有様でした。 

また、原爆症は伝染すると信じられていました。

 そこで家族から気味悪がられ、疎まれ、一室に軟禁されている状態でした。 

そこに、吉田家の主(政二の兄)に日当3円(終戦直後の3円、インフレ率が激しく一概に今の価値では言いかねる)で雇われたゲンが面倒を見ることになりました。 

最初政二さんは、これまでの経緯から心を閉ざし、ゲンにつらくあたります。 

しかし、ゲンが「ええ年をしてあまったれるな」と怒鳴りひっぱたいたことをきっかけに、

 政二さんは、自分に真剣に向き合い叱ってくれたゲンに心を開きます。 

 

このエピソードに着目するとは、愛華さんの慧眼に感動します。

ゲンのようになる前に、夭折したことが、悔やまれます。 

 

まあ、この先はネタバラシのようになるので伏せておきます。

 

 ともあれ、はだしのゲンは、オススメの逸作です。

 

 

 

 

余談。 そういえば愛華さんも、生きていれば私と同じ就職氷河期世代なのですよね・・・ 

 

愛華さんは、健在なれば、まあ少なくとも私よりはたくましく生きたものと思われます。