ーー トミカと親父と息子に捧げた眼差しと ー>

最近せいくんにトミカを買い与えるようになりましてね、写真は3WAYオートやまみちどうろセットってやつなんだけど。
トミカってやっぱりたくさんあって楽しくなるものだから、ハッピーセットのギガフライドポテトカーのチケット片手にお店のショーケースとにらめっこして6台も買ったり…せいくんはミッフィーカーを握りしめました!
やまみちでミッフィー走らせるとまるでマリオカート(笑)
んでさ、少し染々した話なんですけどタイトルの親父というのは私の親父、息子というのはせいくんではなく私のことなんです。
自分もこどもの頃親父がトミカ買ってくれてたっけなぁとか思い出してみたら、結構具体的に記憶がよみがえってきたもんで。
今年31歳になるんですがかれこれ26~7年も前の記憶が頭ん中に残ってるなんてほんと驚きました。
加えてインターネットが普及した今日では、断片的に記憶している名前や形や色を検索出来ればその記憶にたどり着けるときたもんでありまして…

デラックスけんせつごっこ(絶版)
恐らくこれが最初の記憶。
大箱からたくさんのパーツを出して説明書見ながら一生懸命シール貼って組み立ててくれる親父を二人の姉貴と自分と囲んで興味津々になって…で、まだ思慮分別のない年齢もあって自分がスロープ踏んづけて接続部割っちゃったんですよね(;´д`)
それもまたセメダインでくっつけたりしてくれて…。
砂利に見立てたBB弾もなくしたし、ぜんまい式に糸を巻き上げるエレベーターもよく手で引っ張ってた。

トミカパーキング
記憶にあったのはこの黄色いスロープだけでした。よくこの画像にたどりつけたもんだ(笑)
黄色いスロープをよく覚えていたのはスロープの軸になってる筒状の部品におちんちんくっつけてトイレでおしっこして滅茶苦茶怒られたからなんですよね(笑)
結局その部品捨てられてスロープ不安定だったなぁなんて。
けんせつごっこの部品が割れてカッチリはまらなかったとかスロープぐらぐらだったとか玩具の不具合って意外と覚えてるものです。
あと洗車機とか道路マップとか小物も結構買ってくれてたなと27年ごしに気づかされます。



トミカ本体はこんなので遊んでた記憶があります。
塗装はげるまでボロボロに…ゴミに見立てて粘土詰め込んで取れなくなって…救急車なんてパトランプは何処へって感じでした。
トミカ以外にもターボレンジャーのターボロボとか。
ターボロボは両足がタイヤで、オルガンの傾斜から転がして落としたら腕が根元から割れて吹っ飛んだり…
トランスフォーマーVなんて放送圏外だったのにスターセイバー買ってくれたり…開封時に剣を引き抜こうとして親父の目に直撃させてみたり…
ランドクロスはバラ売りの最初の2セット買ってくれてでも最後の1セットないから合体出来なかったり…
そんときの玩具屋が「イノウエ」とか「ウシバ」だったり…
縁日ではよく元祖SDガンダム買ってくれたり…法術師ニューとか…
きっとそれがバブル経済の影響だったり…勇者シリーズはスカイセイバーを最後に買ってもらえなくなったり…
まぁそれは自分が小学校低学年で無くなるからという親心もあったのでしょうね…
そのせいもあってか、完成品より遥かに安い「ガンプラ」に出逢うのもこのころであり平行してテレビマガジンからコミックボンボンに移り変わったのもこのころである。
すまん、思い出しすぎた。
トミカの話に戻る🔙
最近店先でトミカ眺める機会が出来て、「あの頃親父はどんな気持ちで選んでくれてたのかな」とふと思ったのです。
箱物はともかくトミカが買ってもらえる場所は病院の古びた売店か近所の駄菓子屋だった。
「壊してしまった」という記憶が比較的印象付いているけど、あんとき親父はどんな気持ちだったのかな。
先にも書いたけど自分は末っ子長男なので、自分が生まれるまでは我が家にはミニカーを買ってあげる対象がいなかったんですよね。
今こうやって昔を振り返ることが出来るからちょっと後悔もしてしまうけど…
でもさ…
「トミカを息子に買ってあげる存在」になって分かったことは、壊されて悲しい<手にとって遊んでくれて嬉しい
てことかなとか思う。
きっと親父は嬉しかったんだ。
そんな心情が今ならわかる気がする。
そんな親父も74歳で現役バリバリのキレッキレの頭を使う仕事をしてて一切の衰えを感じさせない東洋のクリントイーストウッドなうであるが、なんだか無性に今回のことが話したくなったよ。
ぶっちゃけ舌も肥えてるしお金もあるからなかなかプレゼントとか難しい人間なんだけど、今度の父の日は冗談まじりにトミカ持ってったろかなとか思う今日この頃でした。
AAAAICHIΣd(≧ω≦*)