静かな大晦日です。
子どもの頃、お正月は大分県の別府にある祖父の家で過ごす決まりでした。
ものすごく広い家で、祖父母のほか、大阪の私たち、それぞれ京都と滋賀に住む叔母たち一家が泊まっても余裕がありました。お正月になると北九州と広島の叔母たち一家も来て(父には4人の姉妹がいました!)、大賑わいでした。別府ですから家庭のお風呂も温泉です。
大掃除とお正月の支度は総出で行い、子どもたちも雑巾がけや窓掃除などお手伝い。お節は3段重が3セットあったのではないかしら。そして3が日はお店が開いていないので文字通り3日間お節とお餅しか食べられないのでした。
子どもとしては従姉妹と遊べ、お年玉もたくさんもらえ、きれいな着物も着られるので楽しかったのですが、母は大変だったろうなあと思います。父の姉妹たちはお正月は実家で過ごすことが許されるのに、母は婚家で家政婦のように働くことが求められるのでした。祖父母はは母に厳しく、叔母たちには(特に下の2人)には甘々でした。
お母さん、よく頑張ったなあと思います。私と妹がダブル受験のときは、私たちを家に置いて別府に行きました。受験生がいることさえ言い訳にならないほど母はイエに縛られていました。
20年前に不倫されてからは、私も家政婦のような扱いを自分の家で受けてきました。年末は1人で大掃除とお節の用意をして、その合間に家族の3度の食事の用意と後片付け。家族がテレビを見ながら団欒を楽しんでいるときに1人で台所にこもっていました。普段は家族と同じ席にはつかず、皆の食事が終わってからキッキンで残り物を口にするだけでしたが、お正月だけは私の席も作るように言われました。お正月の朝ごはんはお節。でも昼ごはんは別のものを所望されます。しんどい。でも「主婦は疲れたなんて言っちゃだめ。働いている人に失礼よ」と義母に言われたので、黙って頑張りました。
今年はそういうことを一切やめました。申し訳程度にお節は作りますが、無理しません。誰にも文句を言われませんよ。自分で自分を縛っていただけだったんだと思います。今まで自分が稼いできたお金は将来のために貯蓄してきましたが、自分のために使うことにしました。来年は今まで買わなかったものにもお金を使おうと思います。
祖父母を介護し、父を看取った母は、自由を謳歌しています。今はお節も購入して、弟一家をもてなしており、私も年が明けたら挨拶に行く予定です。弟のお嫁さんはずっと母の家やご実家でお節を食べているので自分で作ったことがないのだそう。それでいいんですよね。
「自分が自分を扱うとおりに人に扱われる」って本当です。今私はダラダラ過ごしていても誰からも叱られません。今まで私を叱っていたのは私自身だったのだと思います。
しあわせな大晦日を過ごせることに感謝します。
このブログを読んでくださっている皆さんの大晦日も穏やかで楽しいものでありますように。
どうぞよいお年をお迎えください。