30代のころ、吉成真由美さんの著書が好きでした。

吉成さんはNHKのディレクターを経て脳科学の研究者になった方で

ノーベル賞受賞者の利根川進さんの奥様でもあります。

 

久しぶりに吉成さんのエッセイ「カラフルライフー遅咲きのすすめ」を読んでいて

「中年クライシス」について書かれていることを読んではっとしました。

 

吉成さんの友人のローラが話していることです。

 

「これは、どんな男の人にも必ずと言っていいほど訪れることなんです」

「男の人は、40代から50代の中年のころに、ちょうど仕事が猛烈に忙しくなります。

そうなると、どうしてもすごいストレスがたまってきて、家に帰ってきてもイライラして、

家族、特に奥さんに、そのストレスをまき散らすんです。

ちょっとしたことでもすぐ大声でどなったり、何もかも気に入らないと言って当たり散らす。

 

そんなとき、アメリカ人の奥様は往々にして大声でどなり返すんですネ。

奥さんの方だって、家で遊んでいるわけじゃない。子どもの世話や、自分の仕事、

老人の世話などで、もう、神経すり減らしているわけです。そこに旦那がバカだの

なんだのと大声でどなったら、たいていカーッとくるものです。

しかもお互いストレスは、一日は二日のことじゃなくて、毎日たまってくるわけだから、

どなり合いは毎日のことになってしまいます。

 

仕事でもストレス。家に帰ってもどなり合いじゃ、もう男の人は逃げ場がなくなってしまいます。

 

そうなるとどうしても自分が休める場所、自分のストレスを受け止めてくれる人を、

別に探すようになってしまって、つまり別の女性に走ったりして、それも更なるどなり合いの

原因になり、結局離婚なんてことになってしまいます」

 

今もローラの友人夫婦は、ちょうどそんな状況で、毎日ケンケンゴウゴウの大ゲンカ。

彼女は間に入って、

「怒鳴り返すな、別れるな」

と、アドバイス中だとか。。。。

 

今明らかに思うのは、私たちは中年クライシス(ミッドライフクライシス)の典型でした。

お互いの価値観の違いで溝ができていたところに、Oの方は仕事のストレスも

すごかったのでしょうね。

私たちはアメリカ人のようにどなり合ったりはしなくて、口論の後は不機嫌になって黙り込む。

不倫前はそんな状況が続いていました。

 

今思い出す一つのエピソード。

 

まだ不倫が始まる前だったのか、もう始まっていたのかはわかりません。

 

週末にOが釣りに行くとき、私もパッチワークの道具をもってついていくことがよくありました。

その日も車に道具を積み、ポットにコーヒーを淹れて、2人で出かけました。

車の中で「コーヒー頂戴」と言われて、ポットがないことに気づきました。

いったん家に戻ると、ガレージにコーヒーのポットだけ残っていました。

Oの怒りはすさまじく、何度謝っても許してくれず、

「お前とは一緒に行く気がしない。一人で行ってくる」と

私だけ家におろして、コーヒーポットを持って出かけてしまい

何時間も戻ってきませんでした。

 

そんなことでそこまで怒るOが信じられなかったし、

私の方でもOに対する不満を募らせていたので

こんな人と一緒にいても私の人生に展望はないとまで思っていました。

 

どなり合ったりはしないけれど、お互いに無関心になっていきました。

帰ってきて「おかえりなさい」とは言うけれど、笑顔はなかったと思います。

 

たまこさんがそこに介在しなければ、夫婦二人の問題で済んだはずですが

Oがたまこさんからの「相談」に乗っているうちに不倫が始まりました。

そして、不倫のおかげで、私たちの関係は本当にめちゃくちゃになりました。

 

この本を読んだ30代前半の時は、私たちにこんなことが起こるなんて

想像もしていませんでした。

 

今思うと、私がOの怒りを受け止める度量があれば、不倫はなかったかもしれません。

 

でも、女性の方のストレスはどうなるんですか。いつもダンナのほうのストレスの受け止め訳ばかり?という吉成さんの問いに対して、ローラはこう答えます。

 

「いや、必ずしも女性がその役をやらなくてもいいんです。どなり返さず、じっと我慢できる許容量のあるほうがやればいい。でもネ、私のカンでは(とウインク)、女性のほうがこの役割をうまくこなせる人が、圧倒的に多いと思いますよ。単純細胞型の男にはムリムリ」

 

この本は1995年に出た本ですが、非常に示唆に富んだ本で

男女の脳の違い、早期教育の弊害などにについて

当時の一般知識から半歩進んだ内容で、今呼んでも全く古さを感じません。

早期教育に警鐘を鳴らし、「自分の内なる動機」を培うヒマがなくなってしまうのでは、

と自戒を込めて書いておられます。

まだ日本では知られていなかった「EQ」について紹介していました。

 

この本の中でも語られている3人のお子さんのうち、赤ちゃんだった一番下の男の子は

後に亡くなっています。

 

利根川さん、吉成さんご夫妻はどんなにつらいお気持ちだったでしょう。

 

ご冥福をお祈りします。