発覚した日、Oは、離婚したくない理由の第一に私がOの希望で専業主婦になっていて、子どもを養う経済力がないことを挙げました。
私も悔しかった。もし十分な経済力があったら迷わず離婚前提の話を進められました。子育てのために仕事を辞めましたが、いつか復帰したいとずっと望んでいたのです。
何年かすると、Oはこの時のことは忘れたかのように、「母子家庭で頑張っている人はたくさんいるのに、fin は甘えている」と、私を追い詰める発言を始めたのでした。
私ももちろん仕事をしなきゃとは思っていましたが、実際に定職についたのは不倫5年目のことでした。(便宜上「5年目」としていますが、その時Oとたまこさんの仲が続いていたかは不明です。)
Oが私と別れてたまこさんと結婚したいような素振りを見せ始め、本来すぐにでも自活の道を目指さなければならないところでしたが、私は最後までこの家庭を守るために全力を尽くしたかったので、敢えて仕事をせず家庭に専念しました。私が全力を尽くしてそれでもダメだったら、子どもたちも許してくれるだろうと思ったのです。
O からはっきりと「離婚したい」と言われるまでは、毎日の食事作りや子どもの世話、アイロンがけなど家庭にまつわる全てのことをを続けようと思っていました。
Oも、本来家庭的な女性が好みで、「たまこはfin のように仕事で頑張りたいなんて思っていなくて、ただ家を守り子どもを育てたいと思っている人なんだ」と言っていました。仕事をすることで家事が疎かになり、Oに離婚の口実を与えるわけにはいきませんでした。
中学生だった上の子が大学に行くために家を出て、下の子が中学生になったとき、ある団体の職員に応募して採用されました。