月に1回ある女の仕事であるもんが来る前だということと、低気圧でくたばっているでぃでぃです。

ああ、やる気が起きない。昨日は雨でやる気がさらに出なかった状態でした。

 

さて、昨日の明け方に起きてしまって観た映画で、昨日書こうとしてたのに、書けなかった1本。

今日の1本にしようとも思ったのですが、「共感できない映画」に入れることにしました。

 

最高の花婿

原題:Qu'est-ce Qu'on A Fait au Bon Dieu?

監督:フィリップ・ドゥ・ショーヴロン

製作国:フランス

製作年:2014年

主演:

クリスチャン・クラヴィエ、シャンタル・ロビー、メディ・サドゥン、アリ・アビタン、フレデリック・チョー、バスカル・ンゾンジ、ヌーム・ディアワラ、エロディ・フォンタン。。。他

 

 

あらすじ:

プレビューご覧になった方にはもう必要ないと思います。

フランスのブルジョア一家、ヴェルヌイユ家の娘婿3人が外国人(イスラム、アラブ、中国)で、父と母は結婚を認めたものの、発狂寸前。

 

 

四女の婿は「絶対フランス人を!絶対カトリック信者を!」と望みますけれど、エロディ・フォンタン演じる四女のロールの彼氏はヌーム・ディアワラ演じるシャルル。カトリック信者ではあるけれども、コートジボワールからフランスに来ているアフリカ系。そのことを父と母に話すのがとても躊躇われるロールですが婚約してしまったので、シャルルと会わせることに・・。

 

 

シャルルはコートジボワールに戻り、家族に話しますが、パスカル・ンゾンジ演じる、シャルルの父のコフィ氏はフランスが大嫌いでフランス人が大嫌い。結婚に反対。さて、この展開どうなるか?

 

 

感想:

 

Qu'est-ce Qu'on A Fait au Bon Dieu? は、大いなる神になにした?って意味です。

 

超差別国家だと、私が認識する、フランスで、こういう映画作った・・っていうので凄く興味がありました。しかも、コメディなので。ただ・・、これ本当にあるんじゃない?って思うからこそ怖いです。多分そこは本当にあることをあからさまに描いているんだと思います。自国をかなり皮肉ってますよ。

 

最初の、映画論モドキを書いたのを読まれた方は感じられた方もいらっしゃるとは思いますが、私はフランスって国をあまり良く思っていません。高校くらいまでフランスには良い印象を持っていましたが、いざ行ってみたら、アラブ系とアメリカ人に対しての差別がとても大きいことを知りました。

 

それだけじゃなくて、同じフランス人でも、ブルジョアマダムとそうじゃない人の扱いがシャンゼリゼ通りの店の前に立っているドアマンが服装を店内に告げると、お金と家柄を持っている人、持っていない人の区別をつけた店主は前者を大変快く受け入れシャンパン、キャビアなどを振る舞ったりはするものの、後者は全くの無視。

 

まぁ、有名店とかだったら、お客を選ぶのは仕方ない・・て思っておくとしても、聞くところによるとスーパーまで、そんなんです。

自分の好みじゃない客(人種、容姿、恰好などからの判断)は例え並んでいて待っていて、やっと順番が来ても、抜かされて、後ろの人、あるいはその後ろの人の注文を聞くような、人として、ちょっとどうなの?ってことはこの国では普通です。

 

私が、フランスを旅行した時は、まだユーロではなく、ヨーロッパの国々の貨幣が統一されていない時です(イギリスは含まれてませんが)。フランだった時ですね。そん時に、交換所で円をフランに変えてもらおうと思って、周りを見た時に、日本では1万円札、イタリアでは100リラ札、イギリスは100ポンド札、ドイツは100マルク札と、ちゃんと、「1番大きなお金の単位」でのポスターがそれぞれ額縁に入っているのに、アメリカドルだけが1ドル札を100枚集めたようなポスター。

驚愕しました。ここまで明らかにアメリカ人を遮断する程の失礼な行為をとるのか?と。

 

 

私がある時に、フランス人に、「何で貴方たちの国はそこまで差別的なんですか?ニヤニヤって聞いた事あります。

そうしたら、彼は、「フランスが差別的なのは仕方がない。移民が多くなって、仕事が出来ない人達が出来ているから」と言っていました。

ちょっとまつんだ!!後で考えてみたら、フランスが第一次、第二次、両方の大戦で、兵士として若い男性を失ったから・・と、労働階級ではありますが、周りのスペインやイタリアやポーランドからの移民を受け入れたっていうか、国を開いたんですよね。

しかも、第二次世界大戦の後は、同じ理由で、他の国の人達にも国が扉を開いているので、なだれこんで来ます。ていうか、60年代には、フランスが全くここに制限を置かなかったので、今移民の問題があるわけで、それを人種差別として結びつけるのはおかしいんじゃないの?って思います。自業自得じゃないすかハートブレイク

 

アラブ系が嫌いなのは、成金主義キラキラだから。

アメリカ人が嫌いなのは、恩知らずキラキラだから(アメリカの独立戦争を「手伝った」のに、自分たちよりデカくなって、恩をあだで返して来たと思っているらしい。イギリスの植民地時代から照らし合わせて、そんなの考える方が違うんじゃないの?って)。

 

 

何で私がこれくらいのことで、イライラムカムカするのか?

それは、全く納得がいかないようなことで、人種間を差別するからです。よくよく突き詰めたら、それって、ただの嫉妬でしょう?って思うんですよ。嫉妬から来る、感情とその言葉も、論理を介さないので(嫉妬から来てるが故に)、意味のない嫌悪感なだけなんです。差別って2通りあると思うんですよ:1.未知なるものに対しての恐怖、2.嫉妬心。

 

人を批判するっていう精神そのものが、他者を認めたくないとか自分の方が凄いのだと見下しているっていう「他者を受け入れない」心理から来ていますからね?

 

またね、タイムリーに一昨日の朝に、フランス人と結婚されたと初めて知った、寺島しのぶさんがNHKのあさイチで、「ご主人はよくしゃべりますか?」って質問に、「ああ、もうずっと喋ってますね。レストランなんかでも街行く人を見て批判したりしています」って笑ってました。

私、「おおおおおおおおおおおお!それぞ、ザ!フラス人!!!」って感動してしまいました。

 

父が昔言ってたのが、「フランス語は愛をささやく言葉、イタリア語は遊びに誘う言葉、スペイン語は挑戦する言葉、ドイツ語は馬と喋る言葉」

いやいや、トーちゃん!それは違うよ!これだけは確実だよ!

フランス語は人を批判する言葉。(個人的にドイツ語のアクセントは凄く好き。)

 

自分たちが差別主義だからこそ、ホロコーストを政府がやったというドイツのナチス政権について、終戦記念日にはフランスは必ずといっていいほど、叩いています。てか、フランスにも収容所あったよね?その前に!あのころヨーロッパで迫害が無かった所ってのはあまり無かったんじゃないの?ってほど、ユダヤ人の風向きって裏では凄くひどかったんですよ。国を挙げてやったのがナチス政権であったわけで。

 

ホロコーストについての見解の1つは、あの頃大恐慌だったヨーロッパ全体が、商売がうまいので金持ちであり、周囲に溶け込もうとしないユダヤ人に対しての嫉妬心であふれかえってたってのが大きいです。

ナチス政権のホロコーストについては、人種差別の成れの果てです。ナチス政権は、国を挙げて、KKKみたいなことをしていたんですからね(ゲルマン至上主義とユダヤ人への差別と迫害)。エスカレートするとあそこまで行きます。フランスは、自分たちの中で強くある「嫉妬心からくる差別」と同じなので、見たくないものを見せられたわけですよ。フランス人は、だからこそ、毎年の終戦記念日にナチス政権を叩くんだろうな・・って感じます。

 

ああ、しまった滝汗

また、長くなってしまいました。

ただ、、、フランス人が全員そうだということではないとは思うのですが。国民性的にそういう傾向が高いとは思いますし、差別国家だとは思います。他にも、フランスの国民性で「ちょっとね・・」って思ってしまう所沢山ありますけれど、これは差別の話なので。

 

この映画・・・、良識あるかたは笑えないんじゃないかな?って感じました。

 

最終的な結末、

「なるほど、映画だしね」です。

 

私は1つの多民族国家で生まれ、育ち、もう1つの多民族国家でも長いこと住んでいました。多民族国家だからこそ、黒人や先住民差別といったような歴史があったが故に、問題はまだありますが、それを改革してきています。

だから、共感できない映画だったんです。

フランス人の5人に1人が観たとか宣伝で書いてあり、それがそうならば・・・、「フランス人あるある」話なのかも知れないですね。

 

DVDを観る時刻が悪いようで、なかなかすぐにパッとレビューが書けないので吐き出せず、消化不良で眠れなくなっているでぃでぃでございます。

 

さて、今日の1本です。

 

 

素敵なサプライズ~ブリュッセルの奇妙な代理店

監督:マイク・ファン・ディム

製作国:オランダ

製作年度:2015年

製作会社:A Film

主演:イェルーン・ファン・コーニングスブリュッフェ、ジョルジナ・フェルバーン、ヤン・デクレール、ヘンリー・グッドマン

 

 

 

 

あらすじ

イェルーン・ファン・コーニングスブリュッフェ演じる、ヤーコブ・ヴォン・ザイレンは、貴族の家柄を持つ男性です。彼は、感情をとある理由で失ってしまい、それからずっと笑う事も怒る事も泣く事すらも出来ずにいる自分や自分の人生に絶望し、母を看取ってから自殺を試し観ます。しかし、その自殺も全て失敗に終わります。崖の上から飛び降りと試し観てまた失敗した時、大きな黒塗りの葬儀社の車がやって来ます。ヤーコプは車で帰ろうとし、奇妙な情景を見ます。白髪の白い髭の老人が車から出て来、葉巻を吸いながら運転手のような男性に車いすに乗せられて、崖まで行き、車椅子と運転手らしき男性が戻って来る光景でした。

 

 

ヤーコプは、「まさか・・?」という気持ちで、崖まで行き、崖の下を見るのですが、老人は消えていました。そして、崖の上に、黒く光る長細いマッチ箱があります。手にすると、「エリシアム社 貴方を素敵な死への旅へいざないます。」

その日の内に、ヤーコプは、エリシアム社に行き、「マッチが落ちていた」と届けるのですが、そこはただの葬儀社ではなく、「死にたい」と願っている人達に様々な死に方での死を提供している会社でした。ヘンリー・グッドマン演じるインド系の社長である、ジョーンズ氏は、ヤーコプに「契約をしてしまったら絶対に破棄はできません」と言い、ヤーコプは「それを願っていたんだ!」と契約書にサインをします。

 

 

死に方にはいろいろあります、「愛している人に看取られて死ぬ」方法から「何が起こるか分らないサプライズ」。そして、人生に絶望してしまって・・という理由で来た、ジョルジナ・フェルバーン演じるアンナとそこで出会い・・・。

 

 

 

ありゃぁ・・ポーン、もっと簡潔に終らせるつもりが、かなり長いあらすじになっちまいましたねぇ・・。

 

 

ていうかですね、オランダの俳優とか全然知らないので、主演の方を書くの、とても苦労しました(笑)。ヤーコプやっている俳優さんの名前、長すぎるでしょう!!!(笑)俳優名考えてちょうだいよ!(苦情)

 

 

さて、感想ですがブルーハーツ

社会の秩序を守るために、「自殺」というのは、タブー視されています。

しかし、死にたい人は本当に死にたいと願っているんですね。それが自分を消してしまうことになるとしても、特に、自我に組み込まれた「死への切望」っていうのも存在するんです。

 

 

個人的な話なのですが、私は19の頃に初めて「死にたい」と時々言う男子に出会いました。

その人とは、音楽の趣味が凄く合うので、よくアメリカにいたころに、その頃ネットで使われていた、ICQってメッセンジャーでやり取りしていました。日本に一時帰国した際、その男子と初めて会って、人生で初めて、一目惚れっちゅうのを体験しました。一目惚れっていうくらいだからって、凄い美形とかそんなじゃないです。どちらかというと、ごめんなさい、人さまの顔を言うほどの顔もしてませんが、逆です。バンドの追っかけとかしていた人だったので、沢山のバンドメンバーとの写真をもらってて、その写真を見た限りでは、私の守備範囲ではありませんでした。だからこそ、「まさか、この感情は?!」と驚いたもんです。しかも、会ったその日に。

長くなりましたが、私はどうしてこの人は時々「死」について、口にするんだろう?と不思議でした。なんでそんなに死にたいんだろう?って。

心理学を専攻していたので、そういう部分でも、とても興味があったんです。その人を理解したいと思っていた時に出会ったのが、東邦大学医学部教授・熊倉信弘先生の「死の欲動 – 臨床心理ノート」っていう書籍でした。

 

さて、この本には、自我に「死」が組み込まれてしまった患者2名の治療実例が書いてありました。1人は熊倉先生の能力でも治療が出来なかった患者、もう1人は熊倉先生の能力で未遂は何回かしたものの治療が可能だった患者。その書籍は沢山読みましたよ。それから、数年後に、私は年上の女性と知り合いました。彼女は未遂をした後にウチに遊びに来てくれました。知らせておかないと迷惑になるから・・という理由で、ウチから帰る途中で今度こそ成功させようと思っていると言われた私は、彼女を帰らせるわけにはいきませんでした。

 

その時に、彼女と接していて、熊倉先生の本の内容が自分自身の中で証明された部分は、「人に必要とされてないと感じている人は自分の存在を消したいと願う」という所でした。

 

 

長くなりましたが、ヤーコプは貴族ですので、お金、地位、教養、品格、先祖代々つたわった物質的なありあまる豊かさをもっていました。唯一もっていなかったのは、感情という人であることの1番の大きな動力。心の中に湧き上がる生きる源。

感情がわかないという事は、人からの感情も伝わらないということです。それならそれで、物質的に生きればいいじゃないか?とも思いますよね。でも、そういう冷酷な人にはなれないような性質をこのヤーコプは持っていたんです。

そんな人に、「貴方の願いを叶えて差し上げます」と、言われて、手を差し伸べられたら、その手をつかもうとするでしょう。

 

 

 

ある意味、正義というよりか道徳に関する話でしょうね、この映画は。

それを少しシリアスでコメディタッチに描いています。

 

 

それにしても・・・、ヤーコプの城からその周りの風景、全てが、「なんて美しいんだろう・・」と思える場所。いやはや、憧れますねぇ・・こんな生活(笑)。

 

 

また、ヤン・デクレール演じる、執事であるムラー(本当は「ミュラー」って発音している感じがしたんですが、多分ドイツのドイツ語とベルギーのドイツ語ではなまりが違うのかも知れないです)の優しい雰囲気と、ヤーコプの感情の無い表情や、人の感情が入らない故に人の痛みが分らないヤーコプの態度とのコントラストがとても良く仕上がっています。

 

 

また、音楽は、ポップな感じの曲は女性の歌手っぽいので誰だか知らない人のが1曲入っているくらいで(多分なんですけれど)、後は全部クラシック音楽が多です。ダンスシーンには、アル・パチーノ主演でアカデミー賞を取った「セント・オブ・ウーマン」(次買うならこれをセル版DVDで手に入れるんだ、私!)でも使われる、カルロス・ガルデルのポル・ウナ・カベーサなんかも使われています。

 

 

今日は明け方に雨が降ったので、肌寒くて過ごしやすいですね。ただ、低気圧のお陰で、やる気があまりないのですが(笑)。

今日は、青年Aが来た後に、もう寝ようかなぁ・・と思いながらも、TSUTYAで借りたDVDあるじゃん・・って2枚の内1枚、あまり期待しないで観たんすね。

 

私は、西部劇系の話だとか、あのころのなんつーかそのカウボーイモノだとか、銃を両手で持つだとか、南北戦争の前後とか、そういう話はあんま好きじゃないんす。なんでかっちゅうと、英語のなまりがすんごい、「はうでぃ!」なので。。。

 

でも、これ、プレビューで観た時、「なんか、笑えるのかな?」と思いまして、そして、観たわけですよ。「はうでぃ!」の世界どころの騒ぎじゃないっすね。期待裏切られたどこころじゃんくて、大損したくらい期待を裏切ってくれる話でした。

 

ヘイトフル・エイト

監督(兼脚本):クェンティン・タランティーノ

製作国:アメリカ

製作年度:2015年のクリスマス(ひょほほほほほほ!ニヒヒ

主演:

サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ウィルトン・ゴギンズ、チャニング・ティタム、ジェニファー・ジェイソン・リー、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン、デミアン・ビチル。。。他

 

 

 

ダーーーーーリンハート

キル・ビルが出た時に、「えええ?なに?スタイリッシュな感じのにしたいの?スタイリッシュ映画?」って思って好きじゃなくなったタランティーノだったんですが(キルビル観てないので、スタイリッシュか分らないのに決めつけて観なくなった)、私が時々今でもDick Daleを聴くのはまさしくタランティーノのパルプ・フィクションのお陰ではあります。

 

さて、長いこと、タランティーノは観ていなかったんすが、音楽が最高っすね???なんで、このシーンで、この音楽使うんだよ?って。爆笑っていうよりか、残酷なもんを滑稽にしてしまうような音の使いまわしがうますぎる。これは、まぁ、音楽編集のイタリア人作曲家のなせるわざではありますけれどね。

 

(コーエン兄弟のブラックユーモア的な映画も、ブラックユーモアゆえに滑稽なのですが、あちらはあまり音楽使いませんね。)

 

 

本題入りますが、話は、多分、南北戦争が終わったちょっと後に起こった設定でしょう。まだ、「黒人差別」が南には大変残っており、北側の考え方もちょっとずつ増えてきたような感じの時期でしょう。

サミュエル・L・ジャクソン演じる、極悪犯を警察に連れて行って賞金をもらうという仕事をしている元北軍の少佐マーキス・ウォーレンは、ワイオミンの道で吹雪のお陰で馬が死んでしまって、立往生。そこに、同じように賞金稼ぎをしているカート・ラッセル演じる、ジョン・ルースは、凶悪犯なので1万ドルの賞金がかかっているジェニファー・ジェイソン・リー演じる、デイジー・ドメルグを運ぶため、馬車で通りかかります。

 

 

そこから、ミニーの紳士服のお店(?だったと思う)に行くとのことで、乗り合わせます。

少しいくと、マニックス略奪団とかいうなんでも物を盗むので有名なギャング(?)のボスかなんかの息子、ウィルトン・ゴギンズ演じる、クリス・マニックスを拾います。彼らは皆同じ行先、レッドロックです。

ミニーの店に行くと、マーキスにもジョンにも違和感ばかり。

 

 

さて、このお店の中で起こりますよ、色々。。残酷であるのに、滑稽に見せているお話が。

 

 

最終的なテーマってのは・・・、「相手を尊いと感じること」だと私は思ったんですけどね。しかし(笑)、「相手を尊いと感じること」は、本当に、最後らへんまでは感じられません、この話(笑)。

 

 

 

凄かったのが、元南軍の「ニガーを殺すのならば、なんでもやる」と有残虐将軍であることが有名であった、ブルース・ダーン演じる、サンディ・スミザーズと、マーキスの会話です。

目を見張りました。

 

 

もしも、私が、スミザーズ将軍と同じ立場でそういう告白を聴いてしまったら・・・、私は自分が今までしてきた事柄を悔やむかも知れないし、マーキスを、マーキスがそばに置いて行った拳銃で、続きの話を聞くのも耳がはばかれるので、すぐに撃ち殺してしまうだろう・・て思いました。

 

 

 

全部観た後の感想ですが、

 

「貴方は道端で殴られている男を見る群衆がどんな心理になるか知っているだろうか?」 -- アドルフ・ヒトラー(1889-1945)

 

この言葉を表しているところもあります、この映画。

それでも、まだまだ自我が働いていて、人に対して尊厳を持っていることは間違えないです。

 

 

サミュエル・L・ジャクソンは、沢山の映画に出ては来ましたけれど、本当に成功!と言われる俳優になったのは、42歳からだったって聞いたことがあります。昔は、何かラーメンマンみたいな髭をしていた頃とかあって、カッコよかったんですけどね。

サミュエル・L・ジャクソンは、他にも、人種差別的な内容の映画にも出ていました。そちらの「暗い」イメージの方が昔は強かったです。「キングスマン」だっけな?007みたいなスパイの「ありえないだろう」映画。あれにも、サミュエル・L・ジャクソンがひょうきんな悪役で出ていましたね。

この映画では、やはり、スミザーズ将軍との会話が1番心に焼き付く所です。

 

って事で、今日の映画はこれにて終わり。

 

次の映画観て、寝るべ。

今日は笑える映画について書きます。てか、私は「笑い」の要素がどこかに入っていないと何に関してもダメだなぁ・・と思うのですが、この映画は、ほんわかしながらもずっと笑える映画なのです。

 

神様の思し召し

(TSUTAYAでレンタルしたDVD。安くなるの待てなく先月から所持してます。)

原題:Se Dio Voule(「神の意思」って意味なんですが、メイキングでは「もっと良くなる」って確か言ってたと思います)

製作国:イタリア

監督:エドアルド・ファルコーネ

主演:マリコ・ジャリーニ、アレッサンドロ・ガスマン、ラウラ・モランテ、エドアルド・ベッシェ、イラリア・スパダ…他。

 

 

この映画は、何の予備知識もないまま、観た方がお勧めです。

っていうのは、私がそういう風にして観たからなんです。

 

私は、プレビューを観てからいつも観る映画を決めるのですが、この映画はどこで拾って来たのかも忘れましたけれども、プレビューは全く観ないで観たので、DVDを観ている間、ずーーーっと笑ってたんです。いや、笑えない所がないくらいどのシーンにも笑いの要素があるんです。

 

天才心臓外科医のトマゾーとその家族の話であります。

 

 

トマゾーととある人物との話でもあります。

 

 

これ、何が笑えるかっていうと、セリフがいちいち面白いんです。また、トマゾー演じるマルコ・ジャリーニの表情に笑ってしまうんです。何だかいつも難しそうな顔をしながらも、「なんか失敗してしまった」って言っているような表情をしているんです。

 

 

ウチの叔父が、都立病院で、内科の循環器の医師をやってました。

今は医院長やっていますけれど、トマゾーと凄く顔とか恰好とかが似ているんです。昔は叔父もとっても横暴な人だったのですが、歳をとって、今はトマゾーみたいに髭生やして、髪の毛もこんな感じなんです。叔父の方は、どこでかは分りませんが、尖ってた所が削ぎ落されています。トマゾー見ていると、叔父を思い出すんです(笑)。

 

 

あまり、詳細は書きたくないので、ちょっとしたシーンの画像を貼り付けておきます。

 

トマゾーの娘婿がまた、凄く良い味出してるんですよ。

 

 

なんで、こんなに笑えるんだろう?って思うくらい笑いました。

面白かった所が多すぎて、母にワンシーンごとに内容を報告したり。

 

 

ただ、1つ、セル版のDVDのデザインについて文句を言いたいことがあります。

「最強のふたりの笑いと感動を再び!」って書いてあるのですが・・、「お前、同列にすんなよ、こら!」って怒りがわいてきました。

 

こちらはイタリア映画ですが、あちらはフランス映画です。

前者はフィクションですが、後者は実話です。

また、笑いの質も違います。こちらの映画は、どっちかっていうとかなりシニカルです。エスプリの入ったユーモアがきいていて、「イタリアだからこそ、こんな話が出来たんだ」っていう話です。あちらは実話ですよね?くらべものになりません。

 

前に、ニューシネマパラダイスを観たのですが、まだ私にはそこまで映画通ってほどの映画を観ているわけではないので、何がどうしてこんなに感動するんだろう?という所が分らなかったです。勿論、好きだったのですが、その感動する箇所が、映画通と言われるくらい映画をご覧になられていらっしゃる方々とは全然違ったので^^;。最後の意味もレビュー見て、「え?!」って驚いたし^^;。

 

なので、これはそんな通ではない人の意見として聞いてください。

イタリア映画やスペイン映画もそうなのですが、ヨーロッパ映画の伝統を必ず守ってきています。

この映画もその1本です。

ハリウッド的な要素が入っている映画が最近はどの国も多いのですが、それでもイタリアやスペインは特に、ヨーロッパの映画の伝統を大切にしています。

 

そこが全く「最強のふたり」とは違うんです。てかね、実話と創作を同列にして同じ感動と笑いとかいうのがそもそもおかしいんですよ。

 

批判はここまでにしておいて、私はこれをお友達に送る予定です。だって、質の良いセンスのある笑いでここまで笑ったのは、本当に久しぶりでしたので^^。

 

 

ほら、この2人も気持良さそうに、笑ってる(笑)。

 

今日の1本といっても、先週AmazonのPrimeで観たものです。

 

「アイデンティティー」

 

原題:Identity

監督:ジェームズ・マンゴールド

製作国:アメリカ

製作年度:2003年

主演:ジョン・キューザック、レイ・リオッタ、アマンダ・ピート、ジョン・ホークス、ジョン・C・マッキンリー、ウィリアム・リー・スコット、クレア・デュバル、ブレット・ローア、レイラ・ケンズル、プルイット・ティラー・ヴィンス、ジェイク・ビジー、レベッカ・デモーネイ、アルフレッド・モリーナ、ホームズ・オズボーン。。。他

 

 

最初の方は、「なんか・・チープなホラー映画?」って感じたんですけれど、それがこの映画の「ねらい目」ですね。

しかも、本題に入るまでの長さ・・・。

その間に起こる、「ああ、よくあるホラー映画的な・・?」みたいな事柄が、最後に全て、Twist(どんでん返し)となって、繋がるのがこの映画の見どころです。

 

でですね・・・、

終ったのかな・・?と思った所に、剣をこれでもか!ってくらい突き立てて来る衝撃さと、人間の精神に宿る恐怖。

いやぁ・・、圧倒されましたね。

 

話は、

死刑囚として監獄されたモーテルで起こったシリアリスト殺人鬼のようである、マルコム・リバースの死刑前夜に、精神分析医、そして、弁護人が新たなことを発見する所から始まります。当時の、判事、検事を全て呼び出し、ボードでマルコムも参加させて、再審をすることになる場面です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

場面は変わり、豪雨の中、子供含めた男女11人がモーテルに集まります。

 

メンバーは、

ジョージ(ジョン・C・マッキンレー)は車の中で再婚相手のアリス(レイラ・ケンズル)とその子供(ブレット・ローア)と一緒にいましたが、タイヤのパンクで車を止めなくてはいけないことになり、車を停めてタイヤを交換しようとしています。そんな中、エド(ジョン・キューザック)が女優であるキャロライン(レベッカ・デモーニィ)の車を運転しながらアリスをひいてしまいます。

 

 

ジョージの車がパンクしたもともとの原因は、ラスベガスで娼婦をしているパリス(アマンダ・ビート)で、彼女がそこを数時間前に通った時に落としてしまったスーツケースの中身のピンヒールがタイヤに刺さってしまうからです。

 

 

 

 

 

 

この展開だけで、時間差と繋がりが面白くないですか?

 

 

そして、負傷したアリスを抱えて、ジョージ、ティミー、エドがモーテルに着き、そこの「宿主」であるラリー(ジョン・ホークス)に部屋を借ります。

 

 

 

 

救急車を呼びに行くエドは、洪水で車が先に行けないというパリスを拾います。洪水のために、車が動かなくなった。エドとパリスを乗せたのが、ベガスで結婚式を挙げたばかりの、ジニー(クレア・デュバル)とルー(ウィリアム・リー・スコット)です。4人はモーテルに引き返します。そこにまた加わるのが、囚人(ジェイク・ビジー)を「輸送中の刑事」である、ロード(レイ・リオッタ)です。

 

 

 

 

 

 

ここからの展開は、ほぼ「月並みなちょっと昔のハリウッドのホラー映画」なんですけれどね・・。

ただ、それが全部、私には、「前章」としかこの映画の作りでは、思えないのがまた凄いんです。ただ、この「前章」はとても大切です(というか、物語を進めるにはどの要素も大切ですけれど)。

 

 

 

 

 

 

人が次々と死に、死体の隣にはモーテルの部屋の鍵の番号札が落ちています。

そして、死体は必ず発見された後に、消えます。

 

 

 

 

誰が殺しているのか?

祟りなのか?

どうして、モーテルから出れないのか?

 

今回の話の中でとても大切なフレーズが、

 

「階段を上がっていったら、存在しない人に会った。

今日も彼はいなかった。

いなくなればいいのに、と願った。」

 

(字幕版訳:「階段を上がったら、また会った、姿のない人に。そこにはいない人に。どうか消えてくれ」)

 

"As I was walking up the stairs, I met a man who wasn't there. He wasn't there, again, today. I'd wish, I'd wish he would go away."

 

 

 

 

 

シーンの組み合わせ、それがどう繋がっていたのか?

誰だったのか?

どうしてそんなことになったのか??

誰も抜け出せないモーテルというのはどこなのか?

 

この映画は、終わった時に、かなり興奮しました。

「・・・っっ・・、、・・すげええ・・。こんな表現するなんて斬新だなぁ・・」と、大きなため息が出ました。

 

後、ジョン・キューザックは、ハーバート・ロス監督の「トゥルー・カラー」のあの、本当こんな人いるけどいやだろうな・・って役柄で、結構、倒錯した人が似合う俳優さんだなぁ・・と思っていました。私のすんごい好きな女優さんの1人の、ジュリアン・ムーア主演、デーヴィット・クローネンバーグ監督作品の「マップ・トゥ・ザ・スターズ」とかでも、ヘンなお父さん役やっていますしね(笑)。エドガー・アラン・ポーの役もよかったですよね。