佐渡金山での強制連行の事実を認めろ

 政府は2月1日、「佐渡島の金山」をユネスコ世界文化遺産登録に推薦しました。

 岸田政権は当初推薦見送りを考えていました。韓国と歴史認識問題をめぐって対立することをよしとしなかったからです。しかしこれにしたいして「弱腰」と安倍元首相らが反発。政府は一転し、佐渡金山を推薦することになったのです。

 

 日本軍「慰安婦」問題にとどまらず、歴史認識問題をめぐって、「韓国側がゴールポストを動かしている」とか

「なんど謝罪を繰り返したらいいんだ」というような言説が多く聞かれます。

けれど、私たちから見れば、日本の側からケンカを売っているとしか思えません。

 私たちは佐渡金山をユネスコ世界文化遺産登録に反対ではありません。

むしろ、負の記憶も含めてきちんと後世に記憶するべきです。

 

韓国の主張も同じです。強制連行の事実をきちんと認めて、そのことも含めての世界文化遺産登録であれば、きっと反対はしないはずです。

日本政府のやろうとしていることは、強制連行ではなく、徴用は合法だらか問題はないのだと開き直り、朝鮮人を過酷な奴隷労働に従事させたことをなかったことにし、

そして韓国政府が避難してくることをわかったうえであえて登録申請をしたのです。

 日本政府は、

「明治時代のものは除き、江戸時代の二つの鉱山に絞ったから、批判には当たらない」

 

と主張しているようです。けれどそういう問題ではありません。そもそも佐渡金山には1877年(明治10年)に完成した大立竪坑という佐渡金山の代表的な遺構がありますが、

そのような理由から構成資産から外れています。

けれどむしろ、そのほうが問題です。

 

江戸時代の鉱山ではないから、登録に値しない? そんなはずはありません。

むしろきちんと世界文化遺産に登録して、

強制連行の事実も含めて記憶にとどめていくべきなのです。

なのにそれをしなかった。

 これがケンカを売っているのでなくて、なんなのでしょうか。

 

1,佐渡金山での奴隷労働

 

 佐渡金山には朝鮮人の強制連行が行われたことは、よく知られています。

 増産して経済を安定させ、戦争を支えるのため、多くの朝鮮人が動員されました。1939年2月から1945年7月まで、「募集」「斡旋」「徴用」により約1200名が佐渡鉱山に送り込まれたとされています。 約1000名が「募集」だったといわれています。

 

朝鮮人労働者は過酷な坑内労働に従事しました。10人以上の死者、36人以上の負傷者を出したことが判明しています。労働条件をめぐって2件の争議が発生し、1943年6月までの逃亡者は150人以上で、その後も佐渡鉱山からの逃亡者が相次ぎました

 

 鉱山での労働は過酷そのものです。日本人労働者にとっても過酷です。なので朝鮮人労働者には、もっともっと過酷です。

 佐渡鉱山が朝鮮人募集を開始した理由として杉本さんという元佐渡鉱山の職員は、このように証言しています。

 

 「内地人坑内労務者に珪肺(けいはい)を病む者が多く、出鉱成績が意のままにならず、また内地の若者がつぎつぎと軍隊にとられたためである」

 

珪肺というのは鉱山労働者の職業病で、労働者の間では

「よろけ病」と呼ばれていました。

ケイ酸の粉塵を吸い込むことで肺がダメージを受け、

呼吸困難などの症状で苦しむ病気です。

江戸時代、佐渡金山の労働にも、この

「よろけ病」がつきまといました。数年働くと「よろけ病」になる、

金山で働く者は長生き出来ない

、30歳以上生きることができれば「長寿」だ……などと言われていたそうです

 

。朝鮮人が動員されたのは、そんな労働現場だったのです。

 

 戦時中、三菱鉱業佐渡鉱業所で働いていた、林泰鎬(リム・テホ)さんの証言をここで紹介します。

《今から57年前の1940年11月、日本の植民地であったため、自分の国でありながらも働けず、米どころである農地もみんな取り上げられた。しかたなく家族の生活を支えるため日本への「募集」に応じ、若い仲間と船に乗り日本の土を踏むことになった。
 「自由募集」と聞いていたのに、日本に着いたとたん「徴用」であることがわかった。三菱佐渡鉱山で働くことになった。
 地下での作業は死との背中合わせで毎日が恐怖であった。毎日のように落盤があるので、今日は生きてこの地下からでられるのかと思うと息が詰まる思いであった。
 死んだあとも人間らしくあつかわれるじゃなし、何の弔いもなかった。》

 

 強制連行とは、なにも畑で働いていたひとを無理やりトラックに載せて引っ張っていたたことだけを言っているわけではありません。強制的に労働に従事させる、そのことが問題なのです。林泰鎬さんは

《「自由募集」と聞いていたのに「徴用」であることがわかった》と言っていますが、

それは「自由募集」であろがなかろうが、強制的な労働現場であったということを示しています。

 150人以上の逃亡者がいたということは、

逃げようとして捕まって暴力で支配された労働者がたくさんいたということを示しています。

これが奴隷労働ではないというのであれば、

逃げる必要はありません。

普通にやめることができればそれでいいのに、やめさせてくれないから逃げるわけです。

それは奴隷労働であり奴隷制度であるということです。

 

佐渡金山とは、そういう労働現場だったということです。

日本軍が設置した慰安所から女性たちが逃げられず、だから性奴隷であると……

それとおなじです。

 いうまでもなく、奴隷労働は許されることではありません。

日本政府は「合法だから奴隷労働ではない」というかもしれませんが、

 

合法的に強制労働に使役させたから、より悪質なのです。

ナチスドイツが収容所を作ってたくさんのユダヤ人を殺したのも、

法です。

合法だから問題ないのだと、

そんな理屈が通用しますか?

 

 安倍首相はツイッターでこのように書いています。

《最終的に韓国と合意をし登録しましたが、今でも闘っています。》
《歴史戦を挑まれている以上避けることはできません。》

 

 最終的に合意をしたというのは、「明治日本の産業革命遺産」のことです。「明治日本の産業革命遺産」のなかには、軍艦島や長崎造船所など、朝鮮人強制連行の施設がたくさん含まれていました。当然韓国政府は反発しました。そのとき安倍政権はユネスコと韓国に向かってこう約束したのです。

《日本は,1940 年代に(産業革命遺産の)いくつかのサイトにおいて,その意思に反して連れて来られ,厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと,また,第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を
所存である。日本はインフォメーションセンターの設置など,犠牲者を記憶にとどめるために適切な措置を説明戦略に盛り込む所存である》

 しかし、安倍元首相はツイッターにこう書きました。「今でも闘っています」と。闘っているというのは、日本政府が約束を反故にして、犠牲者を記憶にとどめる措置を行っていないことを指しています。いや、行っていないどころか、設置されたインフォメーションセンターでは朝鮮人に対する差別・虐待がなかったという、全く事実に反する説明がされています。実際に、世界遺産委員会は2021年、説明が不十分で日本が約束を守っていないと「強い遺憾」を表明する決議を採択しました。

 つまり安倍元首相は「犠牲者を記憶にとどめるための適切な措置」をとるとユネスコと韓国に約束していながら、やる気は一切なかったわけです。なぜなら彼にとって、約束を程にしてまでも闘い続けること、ケンカを売り続けることが「歴史戦」だからです。

 「歴史戦」とは、歴史の事実をめぐる戦いではありません。

 

事実ならすでに確定しています。

 

佐渡金山では奴隷労働があったし、

慰安所は性奴隷制度だった。

それが歴史の事実です。

 

歴史戦とは、事実を事実として後世に伝えていくか、

それともあったこともなかったことにしてしまうか、そういう戦いです。

彼らの武器は、歴史の事実ではありません。

単純明快なプロパガンダです。

歴史の事実も、権力者がそれを力で押しつぶしてしまえば、あったこともなかったことになっています。教科書に記載されず後世に伝えていくことができなくなれば、なかったことになってしまうのです。それを許すか許さないか、そういう戦いです。

 

おかだだいさんの 2月16日神戸デモ アピール原稿より。