再録になりますが、憲法記念日になくなられた元・自衛官の泥憲和さんのお話を記していこうと思います。
ご参考に「NHKスペシャル 憲法誕生」
https://ameblo.jp/file9zyo/entry-12320621891.html
泥さん「なお、初めにお断りしておきますが、自分は「専守防衛」の自衛隊の存在と国防活動を支持しています。また同時に、非武装中立の考えの方の存在意義も良いものとして認識しています。極端な海外派兵へと向かう統治者が可笑しいと思うからであり、過去のアジア太平洋戦争の大量殺戮や饑餓、おぞましい出来事等がそのことを証明しているからです。
■どろさんの「護憲的安全保障論」を読む FC2ブログ村野瀬玲奈の秘書課広報室 2010/05/10 16:00
(紹介の前書きは、文字数の関係から恐縮ながら省略させて頂きます)
●虹の日記(byどろ) 「護憲的安全保障論」シリーズ (全10回)
■2010-04-23 護憲的安全保障論 1 憲法第九条1項 その(1)
九条が自衛権を否定しているという解釈は、誤っていると言わざるをえないのです。
この立場にたったときのみ、憲法第九条を正しく解釈できることを、以下に示そうと思います。
「国権の発動たる戦争」とは何か
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第一項が否定しているのはふたつです。
1.「国権の発動たる戦争」と
2.「武力による威嚇または武力行使」
こういうものを、「国際紛争を解決する手段」として使ってはならないというのです。 ではこれがそれぞれ何を意味しているのか、考えましょう。
「国権の発動たる戦争」とはなんでしょうか。
「戦争」一般ではなく、
あえて「国権の発動たる戦争」と条件づけられています。
これには意味があるはずです。
■2010-04-24 護憲的安全保障論 2 憲法第九条1項 その(2)
国際紛争とは国家間の対立があらわになった状態のことです。
それが外交で解決できればいいけれど、一方あるいは双方が、自国の意思を相手に強制し、もしくは強制されまいとして武力を行使すれば、武力紛争となります。
武力による解決というのは、相手を武力で屈服させて、その意思を消滅あるいは撤回させることです。
ベトナム戦争を例に、これを説明しましょう。
(中略)
北ベトナムは果敢に抵抗し、アメリカの意思に屈服しない意志を表しました。
ただし国を守っているだけでは、アメリカの国家意思をくじくことができません。
でも北ベトナムは自分を守るのに精一杯で、アメリカ本国に攻め込んで自分の意思を強制する武力を持っていません。
アメリカの国家意思を武力で消滅あるいは撤回させる力がない北ベトナムが国際紛争を解決するには、国連外交に訴えたり、世界世論にアメリカの非道性を訴えるなど、非武力的手段に期待するしかありませんでした。
北ベトナムの戦略は成功しました。
アメリカが北爆を停止したのは北ベトナムの武力に屈したからではありません。
北ベトナムの国家意思を武力で消滅あるいは撤回させる力がなく、平和世論に抗する道義的理由もないことを悟って、戦いから下りたのです。
北ベトナムは平和的手段で武力干渉を挫折させたわけです。
しかし北ベトナムの頑強な軍事的抵抗がなければ、国際世論の勝利もなく、アメリカの意思撤回もなかったに違いありません。
自衛隊に許されているのは、こういう戦争です。
■2010-04-25 「護憲的安全保障論 3 憲法第九条2項(1)」 「同論 4 憲法第九条2項(2)」
しかし「前項の目的を達するため」とあるのを無視してはいけません。
第1項と第2項はリンクしているのです。
ですから第2項を解釈するときは、自衛以外の武力行使を禁じた第1項の目的に沿って読む必要があります。
普通に軍隊という場合は、自国を守るために外国へ侵攻することもある実力組織をいいます。
陸海空軍以外にも、海兵隊や航空宇宙軍という侵攻部隊がありますし、ときには義勇軍を組織して外国に侵攻する場合もあります。
憲法は、「陸海空軍その他の戦力」と既定して、どんな名目の組織であっても、外国に侵攻することを許していません。
そういう行動を許していないだけでなく、そんな組織の存在を許さないと言うのです。
(現在、自衛隊は海外任務も負っていますが、その装備・補給能力を考慮すればまともな戦闘に耐えられる部隊ではありませんので、憲法違反ギリギリのところに達していると思われます。危ないところへきています。)
(中略)
しかし自衛隊は軍法会議などの軍隊司法を持たず、憲兵もいません。
すなわち自律的刑罰権をもたないのです。
この点では、警察や海上保安庁と同じ、一般行政機関なのです。
また憲法にその存在を規定されていない点でも、警察や消防組織、もっと言えば農林水産省や文科省などと同様の行政機関であると言えます。
だから軍隊かどうかといえば、外形的には軍隊ですが、法制的・実質的には軍隊でないと言えるでしょう。
自衛隊が軍隊でないといえる理由
いま、法制的にだけではなく、実質的にも軍隊ではないと述べましたが、これは「国際紛争を武力で解決する手段」としての軍隊ではないと言う意味です。
(中略)
どうして政府はこんなコンニャク問答でごまかそうとするのか。
なぜ、つぎのようにすっきりと言えないのでしょうか。
「憲法は国際紛争を解決するための交戦は否定している。」
「自衛のための交戦は否定してはいない。」
憲法を普通に読めばわかることなのに、政府がわざとひねくれた読み方をするのは、どうしてなのでしょうか。
それは、事柄をややこしく混乱させることで、あたかも憲法に問題があるかのように装うためだと思います。
(中略)
こんな姑息極まりない改憲派の答弁と、自衛隊を何とか否定したい非武装中立論の国会議員のタッグによって、まるで憲法が欠陥品であるかのようなイメージが広まってしまいました。
改憲派は、まともに運用したら国も守れない憲法であるかのように言います。
非武装中立論者は、自衛隊は憲法違反の組織であると主張することによって、自らの意図に反して、「違憲の存在をなくせもしない無力な憲法」というイメージを作り上げることに貢献してしまいました。
おかげで自衛隊は恐れられたり嫌われたり、バカにされたりと、散々な目にあわされてきました。
私は入隊したとき、機会あるごとに「君たちは国防という崇高な任務に誇りを持て」と教育されましたが、国内がこんな環境ですから、その言葉が今ひとつ胸に落ちませんでした。
ところがあるとき、一人の幹部の訓辞を聞いて、すとんと胸に落ちたのです。
それは横須賀(少年工科学校の所在地)で反戦デモが行われるので、外出禁止が通告されたときのことであったと記憶しています。
その幹部はこう語りました。
「国民の中には自衛隊に反対し、その存在を認めない意見もある。しかし諸君はそういう意見を述べる国民をも、命を懸けて守るのが使命である。諸君の任務は、国民が我々を否定することもできる、自由な社会を防衛することである。ゆえに、我々の任務は重く、崇高なのである。」
自衛隊の任務とはこういうものであると、いまも私は信じています。
そしていま私は、自衛隊を否定する非武装中立論の方々の存在意義も、認めています。
意見としては間違っていると思いますが、そのあくなき理想主義によって、改憲派と果敢にたたかって憲法を護ってきた業績を否定できないからです。
けれどもいずれ改憲派を完膚無きまでに滅ぼした暁には、その間違った意見を改めていただくべく尽力しようと思います(笑
余りにも長いため、後半は次スレッドとしてアップさせて頂きます。」
(文中で「改憲派」とあるのは9条に関しての改憲派のことです。)