8月15日のWam館長・池田理恵子さんの「慰安婦問題とメディア」の講演の時間が記載されてませんでした。18時開場です。名古屋女性会館の3階ホールです。

愛知サマーセミナーは、女子高生のみなさんが多数参加して下さいました。手違いで4時間目のお知らせができてなかったようですが、ご夫婦お2人が参加して下さいました。

偏った情報とはいえ、マスコミが「慰安婦」を連呼してくれていたのが幸いかなあ??


テレビのニュースや関西系の番組ではおじさんが、がなるばかりで、「慰安婦問題」とは何かは、子どもたちに伝わらない。

「ちゃんと知りたい」 というお気持ちはありがたいです。

ご夫婦お2人は、わたしの世代かなあ?わたしは「戦争を知らない世代」です。

そして、親が戦争を体験している世代です。

体験者が次々と亡くなられているけれど、次の世代は受け継ごうとしているのだと感じます。

もう「初老」だけどね、わたしたちも。。。


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国際法律家委員会(ICJ)による

「従軍慰安婦」問題解決に関する勧告(部分)。


元「慰安婦」に対して行った日本兵の行為の責任は日本国に帰属する。

日本国の責任は、当時適用可能だった、国際法への違法行為とみなされる。

・婦人および児童の売買禁止に関する国際条約(1921年)

・慣習国際法の規範としての 奴隷取引の禁止、交戦時の文民保護の義務(バーグ規則、1907年)

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「当時の日本は仕方なかった」「現代は悪でも、当時の日本ではアタリマエだった」として

「許される」と言われている「「人身売買」は、当時の国際法でも「違法」だったのだね。


「戦争中はレイプもアタリマエで、そんなことを非難される覚えはない」

のいい訳も通用しない。

文民保護こそが「アタリマエ」なルール。

そしてそして、「人身売買」「人身取引」をした時点で、それは「奴隷制度」だ。

監禁されなくとも、個室やいい食事を与えられようとも、彼女たちは「奴隷」なのだ。


そして、日韓条約によって「解決済み」とされたことも

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・1965の日韓協定で「最終的に解決した」とされる「請求権」には元「慰安婦」の不法侵害上の請求権は含まれていないからである。

・サンフランシスコ条約において放棄された「請求権」、及び日比賠償協定において解決された内容に、上記不法侵害上の請求権が含まれるとする根拠は 存在しないからである。


・朝鮮人、及びフィリッピン人の女性及び子どもを誘拐、レイプした日本兵は、日本国がサンフランシスコ条約で同意した 極東軍事裁判における「戦争犯罪」及び「人道に対する罪」を犯したことについて有罪だった。

・日本国と韓国と比国との 二国協定には、刑事免責の条項は含まれておらず、日本国が上記犯罪について 訴追及び処罰を怠ってきたことは、被害者個人への賠償義務を生じさせる。


・国家のみならず、個人も国際法上の賠償請求の主体となりうる。


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ということで、法律用語は難しいですが、「日韓条約」を気にする人は読んでね。


ところで、自分も再び見た「終わらない戦争」。

監督は韓国人だけど、一方的な反日ではない。

韓国社会への鋭い指摘の映画も作っている人だ。監督の主要なテーマは「都市貧民の人生に対して」

2003年には非転向長期囚を描いた「送還日記」でサンダンス映画祭で「表現の自由賞」など、世界の映画祭で高い評価。


「慰安婦」が何人だったのかはまだ不明。

「日本人が多い」というのもデマなようだ。

「植民地だった台湾と朝鮮半島の人が多い」とわかってきたが、まだ明らかではない。

慰安所の場所が見つかれば、そこに何人いたかわかる。

しかし、「慰安所」という看板を掲げていない場所も「慰安所」だったりした。

「レイプセンター」だったりした。


台湾やフィリピンでは、学校が駐屯地として使われて、「慰安所」は保健室が使われたからだ。

そういう場所もなく、地べたに敷物をしいて、そこでレイプを繰り返したケースもある。


小さな島や先住民の村に、突然武装した男たちがたくさん来たら、

あなたが住民だったらどうするか?

武装集団に村人はなすすべもなく、(抵抗した人たちは容赦ない拷問が加えられたし、テロリスト討伐という名目で家から追い出され、処刑されもしたから)

日本軍歓迎のパーティをした。

フィりピンのマスバテ島出身のレイエスさんもその村の少女。

14歳の時、日本の歌を歌わされた。

日本軍が教室に来て、レイエスさんを連れて行った。

なんと教師はレイエスさんに、ついていくようにと促したという。

軍人たちは、小さい部屋で彼女を何度もレイプしたという。

それは数日続いた。食事を拒否したため、解放された。死にたいと訴えたが母の

「人の命は神様が決めるものだから、自殺してはいけない」と言う言葉に希望を持ち、生き延びた。


フリアスさんは、ゲリラ討伐に来た日本兵にタバコの火を押し付けられ、顔を切られた。その時村の家は、学校を除いてすべて焼かれた。

18歳の時に日本兵がまた来て、連行され、ジャングルを連れまわされた。腰紐でつながれたまま、洗濯をさせられたり、レイプをされたりした。


(チラシより)

台湾でも、日本軍や日本の警察が村に来て、女性たちに洗濯や食事の仕事をするように言ったりした。有給ということもあったが、嫌だとしても、武装集団に逆らったら恐ろしいではないか。

女性たちは、家事手伝いならと仕事に行ったが、実は「慰安所」という名のレイプセンターだった。


「強制連行はない」といっても、武装集団や支配者である日本の警察そのものが十分な「威圧感」で、「逆らえない」はずのものだ。

実際、逆らった者は殺され、その住民全体はテロ扱いだったから。

「家事手伝いだから」と雇ってレイプするというのは、「強制」「犯罪」ではないのか?

日本兵を怖れる大人たちから、「慰安婦」として差し出された少女たちは、「奴隷」ではないのか?

どこに少女たちの「合意」があるのか?