その日から、
私は何かの抜け殻のようになりました。
見たくもないテレビをただ流して、
お腹が空いたら何かを口に入れて、
眠くなったら横になる。
それだけでした。
娘の骨壺を、いつも横に置いていました。
話しかけては泣いて、
どうして生きて産んであげられなかったんだろうと自分を責めて、
「あのときああしていれば」と後悔して、
もう一度娘に会いたいと願って。
その気持ちがぐるぐる巡っているうちに、
気づけば一日が終わっていました。
時間は長いのに、
振り返るとあっという間。
生きているというより、
ただ“時間が過ぎるのを待っている”感覚でした。
夫が帰ってくると、毎日一緒に散歩に出ました。
骨壺を持って、夏の夜の風を浴びます。
昼間は外に出られませんでした。
私以外、みんなが幸せそうに見えてしまうから。
ベビーカーや妊婦さんが視界に入るだけで、胸がぎゅっとなるから。
夜は人も少なくて、子どももいない。
それだけで、気持ちは少し楽になりました。
あの時間は、
私たちなりの“家族の時間”でした。
続きます
