小学生低学年の頃、

夏休みのプールに行くのに、ビーチサンダルをはいて、集団登校していた時の事。

学区内で1番遠い地域だった為、約30分ぐらい歩くんやけど、集合場所から少し歩いたところで、私は、釘を踏んだ。

ビーチサンダルのピラピラの底には釘が刺さり、歩くたびに痛い。


今なら止まって、抜いて、また集団に戻ったらいいやん!って出来るけれど、小さかった私は、集団登校の列からはみ出る事も、高学年の人にいう事も、何もできなかった。


今の私を知ってる人からしたら、信じられない話に思えそうなくらい、何も言えなくて、30分間、痛さをただ我慢して、痛がるそぶりさえ見せずに、ただひたすら我慢して歩き続けた。


そして、やっと小学校のプールについてから、誰も周りにいなくなった所で、こっそりビーチサンダルの底に刺さっていた釘を抜いた。


ほっとして、何食わぬ顔をして、プールの準備に更衣室に入って行った。


このことを、今朝起きた時にふと思い出した。

夢の中で、歩いている時にずっとおじさんにかかとの靴を踏まれるけれど、辞めてくださいって言えない夢を見て起きて。


その光景が浮かんできた。


そしてその出来事が象徴されるぐらい、私は人に何も伝えられない子で、嫌なこと、不快なこと、痛いこと、基本全て「我慢」した。


人に伝えて改善されるという事を知らなかったのだろうか。

人に伝える事を諦めていたのだろうか。


不快な事を我慢し続けていると、表現するという事すら忘れてしまう。


今、断る事もお願いする事も難なくできて、むしろ断り方や、交渉もとても上手に出来る私に見えても、やはり無意識レベルでは、「我慢」が染み付いてしまってる事もある気がしている。


コミュニケーション能力を褒められる事もあるから、天性のものかと、自分でも勘違いしそうなくらいやったけど、ずっと大事なことや、本音や、弱音は言えなかった。


それをひとつずつ、怖いながらも、パターンを変えてきた。


絶対言えないと思った事なら、言う。

全部無理と思った事なら、する。


けど、まだまだ無意識の我慢癖はある気がしてきた。

特に、食べ物に関して。


保、幼、小学校の給食が苦手で、毎回、食べるまで残らされて無理やり食べる習慣がまだ微かに残ってる気がする。

そんなにいらないけど、食べとかないと。

残したらいけないから、頑張って全部食べないと。

体にいいから、食べとかないと。


身体の声を、無視する癖。


今、自分の身体の不調に意識を向けたからか、そんな夢を見せて、私に思い出させてくれたんかな😊


自分の人生って、小さな自分の選択で作られていく。

細かいと言われようが、どーでもいいやんと言われようが、神経質すぎると言われようが、(これは私が私にいつも脳内で言ってる言葉な気がしてきた。😅)

自分の小さな声をもっと聞きたい!と、思えた。

30分も痛いのに、ほっといて歩かせてごめんね。

我慢させてごめんね。


さぁ、今日も自分に集中して、楽しんでいこう✨☂️