すごい夜だった |     甲斐拓也の “「新」常在戦場 ” ブログ 

すごい夜だった

先週の金曜日は、今から考えるとすごい夜だった。




各界のスーパースターの方々と次々お会いさせていただき、たくさんのパワーをいただいたのだ。



子供の頃からの大親友の辻先生と、久々に都内で再会し食事をしようと思っていたのだが、展開は思いもよらぬ方向に。




1次会のかごさんでは、稲葉さん、宮本さん、武内さん、鶴岡さん、松ケ根親方にお会いさせていただき、パワーをいただいた。
そして2次会のOHANAかごさんでは、大西さんからも。





3次会は、宮田先生にご連絡し、猪木会長のもとに、うかがわせていただいた。


自分と辻先生は子供の頃から大のプロレスファンだった。
プロレスから、猪木さんから、たくさんのパワーをいただいて、数々の人生の勝負どころで、困難にも負けずにあきらめずに頑張れた。



プロレスというものがあったから、猪木さんという人がいたから、今がある。
自分と辻先生には、そういったもの凄く深い思い入れがあるのだ。



1987年12月27日、イヤーエンド in 国技館で、猪木さんがビックバンベイダーにフォールされた。スリーカウントが入った瞬間、自分の家の電話のベルがけたたましく鳴り響いた。
誰が何を言おうとしてかけてきたか瞬時に自分はわかった。
今からそっちに行くよ、と言って、すごい興奮状態で自分の部屋を訪れた辻君と、これから猪木さんはどうなるのか?新日本プロレスはどうなるのか?を夜通し語り合ったという青春時代の思い出もある。(共通一次試験の2週間前だったが。。。。笑)


そして猪木さんが、敗れたところからどうやって這い上がるのかが、当時、入試直前でもなかなか成績が伸びずに苦しんでいた自分にオーバーラップして、励みになり、大学に合格できた。
そういった人生の要所要所でたくさんのパワーをいただいているのだ。



だから、この夜はふたりにとって、ものすごい感慨深い夜だったんだ。




そして4次会は、猪木さんに中華をお誘い頂き、夢のような夜を堪能させていただいた。




中華料理屋さんを出て、辻先生と別れた時に自分は思った。
猪木さんから闘魂を注入していただき、今日を境に、また自分たちの人生の新たな章が始まるな、と。。。