拓也という名前の意味とは
9月に入った。
ついにワクチンファイトまであと12日。
身体は常時緊張している状態になってきた。
最近でも、よく、人から、ケルビン怖くないの?と言われる。
ハッキリ言おう、今は自分で自分の脳を麻痺させているから、今は怖くない。
だが、前回対戦の時、ケルビンのマネージャーのTetsu氏から「今、成田に着きました。」と連絡が入った瞬間に身体が震えたあの時が今回もまた訪れるのであろうかと思うと、恐怖に包まれそうだ。
前回は、リングに向かった瞬間から全く恐怖は無くなった。もうやるしかないので。
しかしケルビン到着から試合のゴングが鳴るまでのわずかな間、自分が帰ってくるところは、家なのか、病院なのか、あるいはお墓なのか、真剣に考えた。
父が授けてくれた名前「拓也」。
“自分の道を自分で拓(ひら)いていく“ という意味、と解釈して生きてきた。
そういう意識の下、生きているため、自分は立ち止まらず、動く。
こうだと思ったら、
迷わず動く。
後先考えず行動する。
ガンガン突き進む。
そして、ふと気づくと、今の活動をしている自分がいた。
何かに導かれてでもいるのか、今の活動をしている自分がいた。
「拓也」という名前の意味、自分の道を拓いていくだけでなく、世界の病気で苦しむ子供たちの未来をも拓いていけ、というもうひとつの意味があったのかもしれない。
ひとりきりではこんなこと絶対に出来ない。
自分の周りのたくさんの方々のエネルギーやご協力をいただき、多くの子供たちの命を救うということが、今、実現しようとしている。
連日のトレーニングや準備で酷使された身体の疲労は、今がピークなはずだが、まだまだ立ち上がれる。
神様から自分に下された使命だからなのか、
名前に宿る運命だからなのか。
ファイティングエイドの時もそうだったが、試合の直前のこの時期、そんなことを紐解くように1ページ1ページをめくっていくのが楽しくてたまらない。