ブルーレコード12月号
◎昭和魂~あしたのTAKUYA~◎
第6話『全てが勉強の場だった昭和』
バーなどでよく見られる昭和色の強いノスタルジックな空間に癒しを感じるのは自分だけであろうか?
古き良き昭和。
昭和があって、今の自分達がある。
いろんな勉強の場を与えてくれ、いろんな感性を育ませてくれた昭和。
昭和というアナログな時代。時代に正直にみんな生きていた。
今みたいに情報が多くなかったから、必死に自分を探していた。
情報が多いと先回りしてどんどん大人になってしまう。
相手の返事は答えを得る前に解ってしまうような。
昭和はその瞬間が大事だったから、みんな不器用に必死に生きていた。
子供たちは、いろいろなものから勉強し吸収し成長した。
昭和のテレビって名作が多かった。
ウルトラマンや仮面ライダーなどのヒーローものや、巨人の星や侍ジャイアンツなどの野球ものを始めとしたスポ根ものなど、数えきれないくらい。
テレビからも勇気や正義を学んだ。夢を膨らませることを学んだ。
昭和のテレビからは、泣くということも学ぶことができた。
ウルトラセブンの最終回、傷つきながらも紙一重のところでパンドンを倒し宇宙へ旅立っていくセブン。涙無しでは見られないエンディングだった。「明日の朝、空に明けの明星が輝く時、一つの光が宇宙へ飛んで行く。それが僕なんだ。」というモロボシダンの名言に、翌朝空を見上げた子供たちが全国でたくさんいたとか。
最近実写版が放映されている妖怪人間ベムも、当時の最終回では火事の中にいる人を助けるためにベロが飛び込んでいって行方不明なるというに泣けるエンディング。「君のそばで事件が起きても自然に解決していたらきっとそれはベムが来てるのかもしれない」というロジックは、泣いていた自分の心の緩衝剤になった。
フランダースの犬の最終回なんて、教会でネロがパトラッシュと空腹と寒さで力尽きて凍死し、天国に昇っていくというエンディング。子供には衝撃的すぎるが、それだけ喜怒哀楽を感じさせるものが多く、感性が非常に研ぎ澄まされた。
泣くことって人間を成長させる大切なことだと思う。
悔し涙に枕を濡らした夜は、明日は頑張ろう!という反撃魂が育成されるし、うれし涙を流した時は人の優しさや感動をあらためて実感する。感動して泣くことって非常に心が洗われる。辛くて泣く時だってそのときは大変な思いであろうが、それを機に人間的に成長することが多い。
そういう部分を刺激されることが良きも悪しきもたくさんある良き時代だった。
スーパーカーブーム。
ランボルギーニカウンタックLP500S、ミウラ、イオタ、フェラーリ512BB。。。
どうしたらあんな車に乗れるのか?と母に質問した。母は、将来お仕事頑張れば乗れるんだから頑張れと励ました。子供に「よーし、将来がんばるぞ!」というモチベーションを高めて夢を与えてくれた素晴らしいブームだったと思う。
喧嘩からもたくさん学んだ。
昔の喧嘩って表現があった。 一発一発のパンチの間に対話があった。
殴りあった後にわかり合って肩を組んで帰り、一層友情が深まったことも何度もあった。
トレーニングの方法などは解明されていないことが多かった。
練習中に水なんか飲んだら殺されるかと思ってたし、水を飲みたいですなんか絶対口に出せなかった。それは今の医学からすると明らかに間違い。しかし我慢強さはそれでかなり育成された気がする。
クーラーがあまり普及していなかったせいか、皮膚呼吸の能力は昭和の世代の方が強いと言われている。
運動会って熱い魂のぶつかり合いの場だったが、今は徒競走で勝ち負けをつけないことが多いそうだ。負けた人がかわいそうだからという理由らしいが、「負けから学ぶもの」「負けから生まれる免疫」というものってお金では買えない非常に重要なものなのに、勿体ない世の中だ。
そういうものを持っているかどうかってその子の将来に大きくかかわる部分。
大人になってからって、言ってみれば毎日が勝負の世界なのだが。。
豊かな時代になったが、ハングリーとプアーとは違う。
ハングリー精神とは、物事を貪欲に追及し目標を実現させるために一生懸命頑張る精神であると、自分は考えている。
いつの世にも絶対に必要なものだ。
どんなに世の中が便利になって生活が豊かになってきても、ハングリー精神だけは忘れずに生きたいものだ。
また12月号をお楽しみに。





